憂鬱はみどりいろ






夜である。幽霊騒動の解決が既に真夜中だったので、今はそれより更け込んだ夜だ。月の位置が高い。地上はネオンのせいで馬鹿みたいに明るい。

「なんでお前がここにいんだよ」

「だってが土方くんのとこに行くって言うから」

「てめぇがついて来る意味が分からねぇって言ってんだよ」

「夜中に男女が二人っきりでしかもそれが昔馴染みだって言ったらそりゃ心配だろうがよ」

「吸殻回収に行くだけって言ったんですけどね」

「男は上と下が別の生き物なんだから信用するな。って昔も言っただろ俺? 気をつけろよ」

「てめぇも男だろうが。言えた口か」

いつもであれば、土方の横顔を眺めるように正座するの隣に、今日は銀時が胡坐をかいた。何か、面談とか尋問とかするみたいな陣形だ。土方は居心地が悪くていつもの二倍速で喫煙していた。周りが煙たくなっていた。

「ていうか土方くん吸い過ぎ。早死にすんぞ」

銀時は顔の前でぱたぱたと手を振る。

「糖尿寸前の野郎に言われたくねぇよ」

土方は嫌味に口と鼻から煙を吐き出しながら悪そうに笑う。

「まぁまぁ。この中で誰も長生きなんかしませんよきっと」

は気持ちいいくらいの笑顔で不穏に言う。土方と銀時は同時に黙り込んでしまった。突っ込み方が分からなかった。

今夜は少し辺りが騒がしい。赤い着物の蚊女騒ぎで寝込んでいる奴を除けば、無事な隊士は少ないはずだ。高い声と喧騒、笑い声、酒と火薬の匂い。光と爆発音。

「騒がしいな。宴会か?」

「えぇ。表の庭で花火大会ですって」

「花火大会?」

「神楽ちゃんと新八くんも今夜泊まるでしょ? せっかくだからって、近藤さんが買ってきたんですよ、それはもう山のように」

あぁなるほどと、土方は納得する。けれど銀時はそうもいかず、音の方を振り返って怪訝に眉をひそめた。

「だからってなんで爆発音? 明らかに花火程度の音じゃねぇだろ? 巨大な鼠花火か?」

それを聞いて、土方とは訳ありげに笑った。

「んなわけねぇだろ。ここは真撰組屯所だぞ? サディスティック星の王子なめんなよ」

「そうですねぇ。ここ屯所ですものね。ある意味で一番自由な場所ですものね」

「え? モノホンなの? あれ」

「当たり前だろうが」

真撰組もなめんなよ、と土方はちっとも嬉しくなさそうに言う。銀時はその気持ちを理解したいとはとても思えなくて、今の言葉は聞かなかったことにした。

ふと、足音と硝子がぶつかる音と共に現れたのは、大量の酒瓶を氷水で満たされた桶に入れて運んできた山崎だ。よっぽど重いらしく、足元はふらふらと覚束ない。

さん、持って来ましたよ」

「あぁ、ありがとう。山崎くん」

「これで足りますかね?」

「それだけあれば大丈夫よ。この二人言うほど強くないから」

「「え何それ」」

二人と、一括りにして呼ばれた土方と銀時が同時に疑問符を口にする。
それを尻目に、は楽しそうに手際よく三人分のグラスを用意してそれぞれに冷えた酒を注いだ。形の揃っていない無骨な氷、酒は甘く渋い匂いを漂わせて夏の夜に涼しげだ。

「今日はこれ、近藤さんの奢りですから。遠慮なくどうぞ」

「え、まじで? 何それ? 何のサービス?」

「子どもに花火なら大人はお酒でしょって」

「ていうか近藤さんは? 飲まねぇのか?」

「花火しながら飲むそうです。それとも、土方さんも銀さんもあっちに行きたいですか?」

「まさか。面倒臭ぇ」

「俺はほら、土方くんが変な気ぃ起こさないよう見張ってなきゃならないから」

「だからしねぇって言ってんだよ。てめぇうぜぇんだよ向こうへ行け」

「俺がいなくなったとこで発情されたら元も子もないだろうが。てめぇは寝ろそして二度と起きて来るな」

「てめぇが寝ろ。俺がそのまま埋めてやる」

「甘いなぁ。銀さんは地の底から何度でも蘇ってくるよ腹ぶち抜かれようが何されようが」

「甘ぇな。俺だって呪われようが祟られようがどっからでも蘇ってくるぜ」

「いやいやお前の方が甘いよ。死ね」

「いやてめぇの方が甘ぇ。お前がもっと死ね」

「お前が死ね。呪いに体中蝕まれてしまえ」

「てめぇが死ね。甘味に体中食い潰されろ」

地味で殺伐としたやり取りを続けながら酒を飲み交わし続けている二人の後ろで、唐突にが笑った。
一体なんだと振り返った土方と銀時は、まだ大して飲んだ訳でもないのに酔ったように頬を赤らめているを見て目を丸くする。の笑い方はどう見ても、腹の底から湧いて来るそれを抑えようとして抑えきれないでいる様子で、その意味が分からない二人は言葉が出ない。

は腰を折るようにして腹を抱えこむ。ふるふると肩を震わせながら口元に手を押し当てて、仕舞いにはくすくすと呼吸困難を起こしたみたいに笑い出した。

「なんだ? どこのツボに入った?」

「あ、ははっ。すみません……。あんまりだったものだから……」

はどうにかこうにか体を起こして、目尻に浮いた涙を指先で払う。銀時はグラスを傾けながら、不思議そうに首を傾げた。

「あんまりって、何が?」

「だって、二人とも結局ここで飲むんでしょう? 何だかんだで仲良しなんですねぇ」

「「気持ち悪ぃ事言うな」」

「あ、ほら。声が揃った」

はからりと笑って、おどけた調子で拍手した。土方と銀時はそれがまた居心地悪くて、目を細めて同時に酒を飲み干した。

表の庭の花火大会会場で毒々しいみどり色の花火が上がった。綺麗な、けれどまるで節足動物か何かのような不思議な色だ。それは例えるなら、憂鬱の色。










20080621