三次元の女は不気味だ。何を考えているか分からない。

小学生の頃、何を言ったのか忘れたが何かを言って、クラスメイトの女子を泣かせた事がある。周りの女子が蛍光灯に群がる蛾みたいに集まってきて、謂れのない罪を一方的に責められた。泣き出した女子は皆に守られながら泣いていた。

何となく忘れられずに覚えている、あの時の気持ち。どうにかしてやりたかったのに、どうにもならなかったもどかしさとか悔しさとか、その頃はまだ名前を知らなかった気持ちがいくつも入り乱れていた。

それが僕の人格形成の土台。





君と僕の憂鬱






深夜を過ぎてようやく十四郎が眠りに落ちたので、早速体を拝借した。やりかけのRPGの続きが気になって、今日一日落ち着かなかった。

テレビの電源を入れて、ハードにソフトをセットする。時間も時間だからイヤホンも装着する。これで完璧だ。いざ旅立たん、輝かしい二次元の世界へ。猫背になって気合いを入れた。

「遅くに失礼します。土方さん、近藤さんの事でお話が……」

と、唐突に静かな声が聞こえて死ぬほど驚いた。コントローラーが手から滑り落ちて大きな音が鳴る。慌てて拾い上げたら、それと同時に襖が開いた。

「土方さん?」

顔を覗かせたのは、僕が今まで面と向かって一度も話した事のない、家政婦のだった。

もはや隠れる場所はない。ばちりと目が合ってしまった。僕の存在を彼女にだけは知られまいと必死な十四郎。

物理的にではないけれど、思い切り殴り飛ばされた気分になった。いつか殺されるな、とも同時に。





「はい、どうぞ」

と、差し出されたのは湯気を上げる白湯だ。十四郎がいつも使っている湯飲み。マヨネーズのロゴが掘り込んであるそれ。

「……はぁ、かたじけない」

「こんなものしか出せなくてすいません」

「はぁ」

「こんな時間ですから、土方さんの体にも悪いので」

「はぁ。……用事の方は良かったでござるか……?」

「近藤さんが、いつものアレなだけですから。とりあえず沖田君がどうにかしてくれると思います」

はそう言って、にやにや笑いながら自分の湯飲みをくいと傾けた。何がそんなに楽しいのかは知らないが、まじまじと動物園のパンダでも眺めるみたいな顔で僕を見ている。

未だかつて経験した事のない威圧感に縛り上げられているようで、身体中が緊張してうまく呼吸が出来ない。これが尋問と言うものだろうか、二次元の中でしか経験した事がないからいまいち実感が湧かない。

「トッシーさん、って呼んでもいいですか?」

「はぁ、どうぞお好きに」

「土方さんとは仲良くできてますか?」

「はぁ、仲良くというか、十四郎が色々気を遣ってくれているというか……」

「あら、名前で呼び合ってるんですね。仲良しじゃないですか」

「……はぁ」

この上なくやりにくかった。大体僕が女の子と一対一でしゃべるなんていつ以来だろう。あの時、僕が泣かせた女の子の姿が浮かんだ。そうだ、あの時以来だ。あれから、怖くなったんだ。

「どうかしましたか? 黙りこんじゃって」

「……いや、別に何でもないでござるが……」

ちらりと、盗み見るように視線を上げる。はやっぱりにやにや笑っている。一体何がそんなに面白いんだ。いい加減にして欲しい。ちょっと怖いくらいに、威圧感のある笑顔だ。どうしよう。

「土方さんは、私に何も教えてくれなかったんですよ。トッシーさんの事」

「……そりゃそうでしょう、ね」

「あら。どうしてですか? 二人が友達なら、紹介してくれたっていいじゃないですか。そう思いませんか?」

「いやだって……」

そんな事、説明するまでもない。こんなへたれ駄目おたくが体の中に存在しているなんて、十四郎がに話すはずがない。馬鹿みたいにプライドが高い男だ。弱みなんて、長年連れ添った友人である近藤にも滅多に見せない男だ。考えなくったって分かる。十四郎は僕の存在そのものを、に知られたくなかったのだ。

「……僕は、こんなヘタレですから。十四郎も恥ずかしかったんでしょう」

「恥ずかしいって、何がです?」

「いや、だから、……コレがでござるよ」

「だから何がですか?」

この人はおたくという世間的に受け入れらない人種の存在を知らないんだろうか。何故嫌悪感を示さない。今までこんな女に会った事がないから、意味が分からなかった。何と説明したらいいんだろう。

こんな事、今まで誰にも話した事がない。だって、おたくで引き篭もりだって言うだけで他人から疎まれてきた。話を聴いてくれる人もいなかった。それもこれも自業自得の事だったけれど、それでも僕は少し、寂しかったのかもしれない。が話を聞いてくれて嬉しかった。

「……今日はお話できて良かったです」

「は?」

ふと、は静かに湯飲みを置いた。僕の答えを聞かないまま話を終わらせてしまった。僕が迷っているのに気付いてわざとそうしてくれたのだろうか。

「今日の事は、土方さんには内緒にしましょうね。怒られそうですから」

そう言っては唇の前に人差し指を立てて笑った。何だかそれが漫画のキャラクターめいて可愛くて、思わず耳が熱くなった。何故十四郎は、こんなに可愛らしいといつも一緒にいてずっと手を出さないでいられるんだろう。信じられない、馬鹿だな、あいつ。

「またお話させてくださいね」

「はい、ぜひまた」

「それじゃ、もう遅いでこれで。あ、湯飲みを持って帰ってもいいですか?」

はそうして、酷くあっさり、会釈一つで部屋を出て行った。十四郎はきっと、のこういう所が好きなんだろうなと、何となく思う。歩み寄らず、けれど付かず離れず、それでも優しくいてくれる事。いつも同じ場所にいてくれる事。





小学生の頃、何を言ったのか忘れたが何かを言って、クラスメイトの女子を泣かせた事がある。何となく忘れられずに覚えている。あの時から、僕は人を傷つける可能性のある人間なんだと、無意識の内に感じていた。人を傷つけることは怖かったし、それと同時に自分が傷付くのも怖かった。こんな自分のトラウマを易々と乗り越えてくれる人に出会えるなんて、あの頃の自分は全然思っていなかった。

こんな人が側にいてくれているんだから、十四郎、もっと頑張れよと、少し嫌味に思った。馬鹿だなぁ、あいつ。



20090624