おまけ





が屯所に戻ってきた。それはその日のうちに隊士達全員に知れて、いったい誰が言い出したのか、食堂の片隅で発泡酒を何本か開けるだけの小さな歓迎会まで催されたのだから、の屯所における存在感たるや、土方の想像のはるか上をいっているらしい。

土方は今日死んだ2人の隊士のための諸々の処理を終えて、まだ灯りのついている食堂に立ち寄った。

は隊士達が汚したテーブルとグラス、空き缶を流し台に集めて、自分のために催された歓迎会の後片付けをしていた。時刻はもう真夜中を過ぎていて、隊士らは寝床に戻るか、夜勤に出るかのどちらかに分かれたらしい。

「まだやってたのか?」

声をかけると、は流水に手を浸したままで振り返った。

「もうすぐ終わります。土方さんは?」

「あぁ、まぁなんとかな」

「そうですか」

水音とグラスが擦れ合う音が妙に響く。土方は食堂のテーブルに浅く腰掛けて、ベストの前とシャツの襟元をくつろげた。袖には斬り殺した男の返り血がこびりついたままで、すっかり乾いて茶色く変色していた。

「土方さんも飲みますか? まだ残ってたと思いますよ」

は一端手を止めて、冷蔵庫から350mlの発泡酒を取り出した。それを土方に差し出しながら小首を傾げる仕草が、土方には懐かしかった。

がどのくらいの間屯所を離れていたのか、はっきりした期間は分からないけれど、そんな風に感じるほどには長い期間だったのだろう。妖刀に取り付かれてからはまともに顔を合わせてもいなかったから、こんなふうに面と向かって話をしたのは、もうどれくらいぶりになるのか分からない。ついまじまじとの顔に見入ってしまって、土方ははっと我に返った。

「お前は飲まねぇのか?」

「私はさっき皆と飲みましたから」

「そうか」

よく冷えた黄金色のあぶくを喉に流し込むと、それは冷たい存在感を持って体の奥に沈んでいった。自分の体に直接訴えかけるその鮮明な感覚。目が覚めるような思いがして、土方は流し台の方へ戻ろうとするの手首を反射的に掴んだ。

「どうかしました?」

 は首を傾げて、土方の顔を覗き込む。テーブルに腰をついている土方の目線は、ちょうどの背の高さと同じ程の高さに合っている。掴んだの手首を見下ろして、土方はしみじみと呟いた。

「……お前、本当に戻ってきたんだな」

の手首は、流水に体温を奪われてとても冷たかった。赤く染まった指先、白い爪、骨の形まですっかり写し取れそうなほど細い手の甲。

が今ここに存在して、自分のそばにいるということがほとんど奇跡のように思えた。お互いに誰かの手に掛かって殺されてもおかしくない状況にあって、それでもなんとか生き延びて今ふたりでここにいる。なんだか冗談みたいな話だ。けれど間違いなく、ふたりはそうして生き延びてきたのだ。

「土方さん?」

土方は発泡酒をテーブルの上に置くと、の手を引いてその体を自分の足で挟み込むようにした。がほんの少し体を緊張させて肩をすくめたので、両足での太もものあたりを押さえ込んで動けないようにしてしまう。は驚いたような顔をしていたけれど、やがて土方の瞳を見つめ返して柔らかく笑った。

「土方さんが、戻ってこいって言ったんでしょう」

「そうだったか?」

「そうですよ」

の腰を引き寄せて、そのまま唇を合わせた。さっきはに主導権を握られて悔しい思いをしたとは言え、相手がだったらもう何でもいいと思っている自分も確かに存在していることに新鮮な驚きを感じる。一体どういう生活をしたらこんなにやせ細ってしまうのか不思議なくらい細いの体を抱きしめる。ちょっと力を込めたらぽきりと折れてしまいそうで不安だ。それが自分の中の支配欲を煽る。の口の中から安い発泡酒の匂いがして、その匂いごとを飲み干してしまいたくなる。舌での唇を割って入ったらが体を仰け反らせたので、逃れられないように膝の裏に足を引っ掛け、の後頭部を掴んで引き寄せて逃げ場をなくしてしまう。土方の部屋で自分から唇を奪ったあの威勢はどこへ行ってしまったのか、は土方の服を皺になるほどの力で掴んでいて、まるでどこか深い奈落の底に落ちかかっているところを必死に命綱にすがり付いているかのように為す術をなくした。

「土方さんっ、ちょっと……!」

勢い余って、土方はの帯に手をかけて帯締めをほどいてしまった。その衣擦れの音に驚いて目を見開いたは、土方の胸元に手をついて無理矢理体を離すと、ほんの少し涙ぐみながら慌てて訴えた。

「ちょっと! 急に何するんですか?」

「何って」

土方は平然ととぼけてみせ、の腰の裏で音を立てて形を崩す帯をぐいと引っ張る。はふらつきながらも土方の手を抑えようと手を伸ばしたけれど、それはあっけなく行き場を失った。

「誰か来たらどうするんです?」

「こんな時間に誰も来ねぇよ」

「分からないでしょ」

「大丈夫だって」

まだ何か言たげなの唇を無理矢理塞ぐ。そうしながら、の体を抱え上げてテーブルの上に座らせ、展開についていけないが目を白黒させている間にさっさと押し倒してしまう。着物の裾を開いて自分の体をその隙間にねじ込ませると、の細く真っ白な足が橙色の照明に艶めいて頭がくらくらした。



息遣いが荒くなるまま、テーブルの上で不安そうに自分を見上げてくるにのしかかってもう一度深く口づけた。

つい先日までは、には自分とは遠く離れた場所で幸せに生きていって欲しいと思っていたはずなのに、今となってはもうこんなにも離れがたく思っている。もう二度と、を手放そうとは思わないだろう。自分の手でを幸せにすることはできないかもしれないけれど、自分にできる全てのことでを守ろう。それしかできることはないのだ。

その時、テーブルの片隅に置いていた発泡酒の缶が、土方の体にぶつかってテーブルから転がり落ちた。食堂中にその甲高い音が響いて、ふたりはひととき息を止める。床に発泡酒の水たまりが広がる音が静かに響く。

「煙草」

と、が息を乱しながら唐突に言った。土方は切羽詰って唸るように答えた。

「あぁ?」

は着崩れた着物の前を合わせ、体を起こして土方の肩を押しやった。

「吸殻、部屋にたまってませんか? 取りに行きますから」

「そんなもん後でいいって」

「今すぐ行きます」

の肩を押し倒そうとした土方に抗って、は首を横に振った。土方がその目を覗き込むと、は濡れた眼差しで土方を見つめ返した。

「土方さんの、部屋に行きますから」

の手が土方の胸元に触れて、その指がシャツのボタンをひとつ外した。





ちょっと大袈裟だけれど、覚悟と決意のおはなし。





20150928