隊服を着たまま布団に突っ伏して眠っていた土方は、悪夢にうなされて目を覚ました。近頃、少しでも瞼を閉じるたびに同じ夢を見る。もはや眠るのが恐ろしくなるほど繰り返し繰り返し、鬼の副長と呼ばれる男でも神経がおかしくなりそうだった。
開け放たれた障子の向こうはすっかり明るく、日は高く昇っている。時計を見ると昼過ぎだった。朝の会議が終わってすぐに布団に倒れ込んだから、四時間ほどは眠れたようだ。ちっとも休めた気はしなかったが、そうのんびりもしていられない。シャワーを浴びて捜査に合流しなければと重い体を起こしたものの、土方は目を見張る。
縁側に見慣れた銀髪の男が座っているのが見えた。
「よぉ。やっとお目覚めか」
銀時は肩越しに振り向き、逆光の中で苦く笑った。
「……なんでてめぇがここにいる? どうやって入ってきた?」
土方は寝起きの掠れた声で言う。
銀時は片手をひらひら振りながら答えた。
「いくら忙しいからって、屯所の警備がザル過ぎるんじゃねぇの? 今浪士に攻め込まれたら鬼の副長の首も簡単に落ちるな」
「余計なお世話だ」
土方は脂汗でべたつく髪をかきあげ、縁側に出た。シャツには皺が寄り、隊服はくたくただ。日差しが寝起きの目には刺すように鋭くて、瞼をぎゅっと抑える。
「この世の地獄を見たような顔してるな」
そう言われて、土方は銀時を睨んだ。そう言う銀時も土気色の顔をして、いつもに増して目に生気がない。
土方は銀時の隣に腰を下ろし、緑の少ない静かな庭を見下ろした。
「あいつの方がよっぽど地獄のような思いをしてるはずだろ。何の用だ? まさか俺の寝首をかきに来たわけじゃねぇんだろ、白夜叉」
「だからそれは昔の話だって。今は善良な一般市民だっつってんだろ」
どこで聞きつけたのか、鉄之助が二人分の軽食と茶を持ってきた。鉄之助が握ったらしい握り飯は大きさも握り加減もバラバラで決して美味くはなかったが、何もないよりはましだった。
ぬるい茶を飲みながら、銀時は淡々と話し出した。
「俺は、あいつのためにできることがあるならしたかったんだよ。できると思ってたし、やれるとも思ってた。けど、」
銀時は大きなため息をついて肩を落とした。
「まさか、助けを拒否されるとは思わなかったなぁ」
「お前、
に会ったのか!?」
土方は思わず立ち上がり、銀時の胸倉を掴む。その勢いで、銀時が持っていた湯呑から茶が零れた。
「うおあ!? おま、何すんだよ!? 汚れちゃったじゃん!」
「んなことはどうでもいい! どこだ!? あいつはどこにいた!?」
「落ち着けって! 今お前が焦ったところでどうにもならねぇよ!」
銀時は土方の手を無理矢理引きはがし、濡れた着物を袖で叩く。
土方は肩で息をして銀時を睨み付けた。
「お前はあいつを助けに行って、できもせずに見逃して来たって言うのか?」
「見逃したんじゃなくて、拒否られたの! 俺だってショックなんだよ!? 必死こいて探し回って使いたくねぇ手も使って死に物狂いだったんだよ! それをなんで俺には助けられるわけにはいかねぇなんて言われなきゃなんねぇんだよ!? 意味が分からん!!」
「分かんねぇのかよ!」
「分かってたらこんな悩んでねーっつーの!」
銀時は腹から響く大声で怒鳴り、忌々しい舌打ちをする。
ふたりはしばらく睨み合ったが、ふたりともここ数日ほとんど眠っていなかったところに大声を出したことがたたって眩暈を起こしてしまう。
仕方がないので再び縁側に腰を落ちつけ、握り飯とお茶を平らげてから大人しく話し合うことにした。
銀時は土方に、
が監禁されている料亭の離れに元御庭番衆の忍びの力を借りて忍び込んだことを報告したが、吉田に取引を持ち掛けられたことや、桂の名前は伏せた。もちろん、
が銀時の助けを拒否した理由もだ。
こうなると銀時が土方に話せることはほとんどなく、土方は訳も分からず頭を抱えるばかりだ。
「ったく、何を考えてんだかな、あいつは……」
が銀時の助けを拒んだ、その言葉の意味は銀時も分かっているつもりだったが、納得したわけではなかった。どんな理由があるにせよ命あっての物種だし、土方に嫌われたくないと
は泣いたが、
を助け出すためにほとんど寝ずに仕事をしている土方の様子を見れば、どんな理由があれ
を嫌って屯所から追い出すなんてマネをするとはとても思えない。
の不安はあくまでも取り越し苦労だろう。こんなことならどんな手を使ってでも
をあの離れから引っ張り出してくれば良かった。
けれど、本当はこれでよかったのだと思っている自分がいることも嘘ではない。万が一にも
の不安が的中したら、それこそ
の信頼を裏切ることになってしまうのだから。
「……あいつは、怪我とかしてなかったか?」
土方は弱々しい声で尋ねる。
「頬っぺた、少し腫らしてたかな。でもまぁ、縛り上げられてるんでもなかったし、元気そうだったよ」
「そうか。なら良かった……」
土方はほっと肩を撫でおろす。
の無事を確認できただけとはいえ、その生死すら分からなかったことを思えば大きな進歩だ。
銀時は疲労でやつれた土方の顔を横目で見やり、やりきれない気持ちになって縁側に寝そべった。
土方と
。ふたりはどうしようもなく想い合っている。それなのに、ふたりの邪魔をしているのは伝説の攘夷志士・白夜叉という銀時の過去だ。
自分のせいで
が辛い思いをしていると思うと、さっさと腹でもかっさばいてここから消えてなくなってしまいたくなるが、そんなことができるほどの度胸は銀時にはない。本当に情けない、まるで駄目な男。銀時は自分をなじった。
「何もかも、俺のせいだと思ってる」
呟いたのは、土方だった。
「何が?」
「
が攘夷浪士にかどわかされたのが、だ。真選組の関係者として、攘夷浪士に利用されるんじゃねぇかと俺は思ってる」
「関係者っつったって、ただの家政婦だろうが」
「浪士が、俺と
のことを知っていたら? 真選組副長の女なら利用価値は十分だ」
「あぁ、そういうことか。なんかそれっぽい動きでもあったのか?」
「いや、今のところない。だが、岩城屋という後ろ盾を失って、徒勇隊は窮地に立たされているはずだ。焦ってどんな手を使ってくるか分からん」
土方は明後日の方角を向き、銀時には表情を見せずに小さな声で言う。
「お前には、悪ぃことしたな」
「……はぁ?」
「昔馴染みなんだろ。真選組があいつを雇ったり、ましてや俺が手ぇ出したりしなけりゃこんなことにはならなかったはずだ」
土方はほんの小さく頭を下げた。縁側に寝そべっていた銀時からはそんな風に見えた。
「鬼の副長が聞いて呆れる。鬼どころか、どうしようもねぇ駄目男だ。女ひとり守ってやれねぇなんて」
銀時は胸糞が悪くなる。
自分の考えているとおりのことを他人の口で語られることほど不快なことはない。自分で自分を斬りつけて痛めつけた後に、さらに深く傷口を抉られたような気分だ。その刃は相手に向かったものではなく、己の腹に真っ直ぐ突き立てた刃だ。
銀時も土方も、自分を責めるあまり自分の腹を裂いてしまいたくて仕方がない。その方が、悪夢にさいなまれるより、差し出した手を拒否されるよりずっと楽だ。けれど、ふたりともそんな度胸はない臆病者だった。自分の命を無駄にして、
を悲しませるような勇気はこれっぽっちもない。
けれど、だからこそ、最後の最後までみっともなく足掻いて、どんなに見苦しいありさまをさらそうとも、ほんの少しの希望にかける気になる。
「まだ、守ってやれねぇと決まったわけじゃねぇだろ」
自分にも言い聞かせるように、銀時は呟く。
「お前に助けてもらうのを待ってるはずだ。きっと」
土方は確かめるように静かにうなずいた。
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