沖田と神楽が宿に踏み込んだのは、吉田がを連れて宿を出たほんの五分後のことだった。

 宿には目当ての攘夷志士は人っ子一人見当たらず、宿泊客もいなかった。いたのは女将とその娘だけで、ふたりの話によれば、昨日まで男と女がひとりずつ宿泊していたが、つい先程宿を立ったという。その行き先も知らされておらず、心当たりもないと女将は言った。

 沖田は念のため、男と女が泊まっていたという部屋を改めた。来るなと言ったのに神楽も着いてきたので邪魔臭くてかなわなかった。男の部屋には手掛かりらしいものは何もなかったが、女の部屋には、裁縫道具とボウルに山盛りになった銀杏があった。匂いがこもっていたので窓を開け放ち換気をする。

「宿泊客がなんで、裁縫したり銀杏の下ごしらえなんかしてたんだ?」

 沖田の質問に、女将の娘が答えた。

「ご事情があってお部屋から出られないとのことだったので、暇つぶしになるようなことをいくつかお願いしていたんです」
「その事情ってのは?」
「さぁ、詳しいことは分かりません」

 娘はとぼけた顔をして首を傾げたが、沖田は釈然としない。何かごまかされているような気がしたが、その原因が分からなかった。

 何も目ぼしいものは見つかりそうになく、誰もが諦めかけた時だった。

「オイ、これ」

 神楽が裁縫箱のそばにあったふきんの山を指差した。沖田には、何の変哲もない晒のふきんに見えた。

「それがどうしたよ?」

 神楽はふきんの山の中から一枚を手に取った。
 輪になるように二つ折りされた晒には縦と横に十字を描くように赤い糸で刺繍が施されていて、その半分は斜めの線が入っている。縫いかけの糸が処理されずに長く垂れていた。

「こういうの、が持ってるの見たことある……」
「売りもんじゃなくて?」
「売り物か手作りかなんて、見れば分かるネ」
「そういうもん?」 
「お前きっと目が死んでるんだヨ。もっと審美眼磨かないとダメアル」

 神楽が何を言いたいのか沖田には分からなかったが、このふきんがが縫ったものに間違いないなら、は間違いなく生きているという確かな証拠になる。



 捜査を終えて屯所に戻った沖田は、見廻組への捜査嘆願から戻った土方の眼前にふきんをつきつけた。

「なんだよ?」

 土方は疲労に倦んだ目で沖田を睨む。

「これ、犯人と思われる攘夷浪士が潜んでいた宿で見つけました」

 土方はふきんを見るなり目を見開いた。沖田から奪うようにふきんを掴む。沖田には分からないが、土方には分かることがあるらしい。その瞳に生気が戻ったのを見て、沖田は内心ほっとした。

「いつまでも落ち込んでねぇで、きりきり働いてくだせぇよ」

 土方に情けをかけてやるなんて柄にもないことをして気分が悪かったので、沖田は去り際に土方の懐から煙草をスってやった。こんないたずらも、普段と比べればあまりにもささやかで子供だましにもならない。疲れ果てて顔色の悪い土方を前にしては自分もこんなに優しくなってしまうのかと、沖田は自分で自分が信じられなかった。

 こんな調子は長く持ちそうもない。には早く屯所に戻ってきてもらわらなければ。








8/8 20161212