宿の一室である。
吉田利麿を中心に、物々しい顔した攘夷浪士達が顔を突き合わせていた。それぞれに御膳が用意されていて、酒と肴が彩りよく並んでいる。少女が浪士達に酌をして回っていた。
「火薬の輸送中に事故が起きたことは、皆、既に聞き及んでいると思う」
吉田はよく通る声で言った。
「藤沢は爆発に巻き込まれて死んだ。古高は真選組に連行されて尋問を受けているらしい」
志士のひとりが酒をあおりながら言う。
「尋問とは生ぬるい。真選組に捕らわれた以上、ひどい拷問を受けているに違いないな。鬼の副長、土方十四郎は拷問のエキスパートだと聞いたことがある」
「だが、古高は訓練を受けた男だ。そう易々と我らの計画は漏らすまい」
「だが、それも時間の問題だろうな。どうする? 計画は中止か?」
「しかし、あの火薬をどうする? とても我らだけで処分できる量ではないぞ」
「お前ら何を言う! 今更計画を中止になどできるものか! ここは打って出るべきだ!」
「だが、藤沢と古高を失った! ふたりがいなければ計画の実行は不可能だ!」
「まずは古高を救出するべきではないのか?」
「真選組の屯所に乗り込むっていうのか? そんなことのできる攘夷志士がいたらぜひお目にかかりたいもんだ」
「だからその作戦を練ろうと言っているのだ!」
「まぁまぁ、諸君。落ち着きなよ」
「隊長! そんな、悠長に構えている場合ですか!?」
「だからこそ、落ち着けと言っているんだ」
吉田は両手を広げてゆっくり腕を下ろすと、志士達を見回し悠然と笑った。
「計画を中止するか、古高を救出し計画を遂行するか、選択肢はこのふたつだけか?」
「では、隊長はどうお考えで?」
「計画遂行に一票。ただし、古高の救出はしない」
「それは無理な話だと先ほども申しました」
「ひとつ隠し玉を手に入れたんだ。それを元手に賭けをしたい」
「賭け?」
「実はね、
さんとお知り合いになって、協力を仰げることになったんだよ」
吉田の言葉に、浪士たちは目を見合わせた。
「
って、あの
、か?」
「白夜叉、坂田銀時と鬼兵隊総督、高杉晋助に慕われ、だがその両方を袖にしたという遊女か?」
「松下村塾時代からの昔馴染みだと聞いたが……」
「だが、それはあくまでも噂のひとつではなかったのか?」
「そうそう。都市伝説的な」
「俺も最初はそう思ってたんだけど、これが本当にいたんだよ!」
「本物なのか?」
「本人に確認したよ。彼女を人質に、高杉と桂に計画への協力を求めようと思う」
吉田が得意げに言った声を、
は隣の部屋で聞いていた。壁の作りが薄いらしく、よくよく耳をすませば誰かがついたため息の音まで聞こえてくるのだ。
吉田は自分に都合よく、口から出まかせばかり喋っている。
「……誰が協力するなんて言ったのよ」
は苛々とひとりごとを呟いた。人をまるで物のように扱って、何様のつもりだろう。ほんの少しでもいい人かもしれないなんて思ったことを後悔したくなる。
「それにしても、高杉君と桂君、か」
は目を閉じて、子どもの頃のふたりの面影を思い浮かべた。いつも仏頂面をして意地悪なことばかり言うくせに、胸の内に秘めた熱いものが体中から零れ落ちているようだった高杉。冷静沈着に見えて、本当は心配症でおっちょこちょいで少し抜けているところのある桂。
ふたりならきっと、
の窮状を知ればここから逃げ出すために手を貸してくれるだろう。けれど、そうやって吉田の元から逃げおおせたとして、それで本当にいいのだろうか。
は土方のことを想った。
が過去に高杉や桂ら、世間を騒がせている攘夷志士とともに暮らしていたことを、土方は知らない。何もやましい気持ちがあったわけではない。幕府直属の警察組織である真選組の鬼副長に高杉や桂と知り合いだと打ち明けたところで、それが誰かのためにもならないことだ。
もし、高杉か桂の手を借りて吉田の元から逃げたとして、それをどうやって土方に説明すればいいのだろう。ここから逃げ出すために、高杉や桂の手を借りるわけにはいかない。
は膝の上にそろえた両手を、強い決意を込めて握りしめた。
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5/5 20161205