深夜ラジオを聞きながら、参考書とノートの間で視線を行ったり来たりさせていると、スマートフォンが「ピロン」と音を鳴らして私を呼んだ。

勉強中に気が散るといけないから、手の届かないベッドサイドテーブルに追いやっていたのだ。きりのいいところまで問題を解いてから、お待たせしましたとばかり迎えに行く。ベッドの縁に腰かけて見てみると、黒尾くんからメッセージが届いていた。

今何してた?
勉強してたよ

と、返信してから、液晶に表示された時間を見て、私は目を見張った。とっくに日付が変わってしまっている。

何に驚いたのかと言えば、こんな時間まで黒尾くんが起きているということだ。黒尾くんは毎朝、部活の練習があるのでとても朝が早い。こんなに夜更かしして明日に響かないのだろうか。

こんな時間まで起きてて平気なの?

と、さらにメッセージを送る。でも、立て続けのメッセージは、黒尾くんにどういう印象を与えるだろう。こんなことを考えるのは自意識過剰だろうか。

迷っているうちに、すぐ返事が来た。

なんだか眠れなくって

と、黒尾くん。飄々とふざけたことを言って、私をからかってばかりいる黒尾くんにも、眠れずに悶々と過ごす夜もあるのか。そんな繊細な一面があるだなんて意外だ。

ラジオから、どっと大きな笑い声が響いて、私は少しボリュームを絞った。

羊を数えたら?
5294匹まで数えて飽きた
あったかいものでも飲むとか
ばあちゃん起こしちまいそうで
優しいねぇ
俺が優しいのはいつものことです
どうだか

教室での意味のないくだらない会話を、スマートフォン越しの会話でも繰り返している。

こんなことをしている暇があるなら、ひとつでも多くの知識を頭に詰め込んで試験にそなえるべきだし、それができないのならさっさと布団にくるまって眠ってしまった方がいいに決まっている。受験シーズンの一分一秒も無駄にしないようにと、親にも先生にも口酸っぱく言われているのだ。

けれど今、私の口元はすっかり緩みきって、絵文字を使わない黒尾くんのそっけないメッセージにお腹を震わせて笑ってしまっている。

同じやりとりを教室でしたら、絶対にこんな風にはならない。普段はたった10分程度の休み時間にあれこれとやることがたくさんあるから、黒尾くんの冗談めかした小言ひとつひとつに、いちいち付き合っていられないのだ。何を言われてもいらいらしてしまうし、まともに取り合っていられない。

黒尾くんとのくだらない意味のないおしゃべりは楽しい。意味がないのに、楽しいのだ。それとも、意味がないから、楽しいんだろうか。理屈では説明ができない。

おでこを冷やすといいって聞いたことあるよ
冷えピタとか?
そう。なければ保冷材をタオルに巻いてもいいかも

夜中まで勉強していると、頭が火照ってしまい、それが不眠の原因になることがある。私もよく勉強で煮詰まった頭が熱を持ったようになって眠れなくなることがあるから、部屋に大量の冷えピタシートを常備している。

試してみる
眠れるといいね
ありがと
おやすみ
おやすみ

黒尾くんに、「おやすみ」と言うのは初めてだ。

なんだかこそばゆい。ナイトキャップをかぶった白いくまが鼻提灯を膨らませているスタンプを送って、会話を終わりにした。

私は机の上を簡単に片付け、ラジオを切り、引き出しの中から冷えピタシートを取り出しておでこに貼った。ぷるんとひんやり気持ちいい感触にほっとする。

ベッドに入って明かりを消し、暗い天井を見上げながら黒尾くんのことを思う。一日の終わりに、黒尾くんと話せてよかった。あんなに笑わせてもらったおかげで、体がほんの少し軽やかになったような気がする。勉強に疲れてそのままベッドに倒れ込む夜とは気分が違う。

黒尾くんも今頃、おでこに冷えピタシートを張り付けながら布団にくるまっているんだろうか。その姿を想像するとおかしくて、私はにんまりしながら静かに眠りに落ちた。

もしも私がこのまま死んだら、穏やかな微笑みを浮かべたまま死んだ幸福な死者として葬られるだろう。幸せの正体は信じがたいほどささいだ。





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20210322