「あ、消しゴム忘れてきた」

 と、黒尾はひとりごとを言った。ひとりごとのつもりだったので、誰かが聞いているとは思わなかった。

「貸してあげようか?」

 となりの席のは、さっそくペンケースに手を伸ばしながら言う。

「いいの?」
「2つ持ってるから」
「え、なんで?」
「なんでって、なんとなく」

 その消しゴムはまだビニールを被ったままの新品で、はご丁寧にそのビニールを破ってくれた。

 けれど、黒尾はそのことよりも、消しゴムを持つの手の方に目がいった。消しゴムはどこでも売っている黒と青と白のMONO消しゴムなのに、の手の中にあるとやたらと大きく見える。

「はい、どうぞ」

 それを差し出す、小さな手。子どものように角がなく丸くて、色の白い小さな手。消しゴムを受け取った時に、その指先が黒尾の手の内側をこすった。

「ありがと」
「いいえ、困った時はお互いさま」
「貸してくれたお礼に、腕相撲をしませんか?」
「……はぁ?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、は身構えた。

「え? なんで?」
「いいじゃないっすか、腕相撲、勝負しましょうよ」
「なんで急に敬語なの?」
「深い意味はありませんけど、きらい? 腕相撲」
「嫌いじゃないけどやだ」
「アラ、どうして?」
「私と黒尾くんじゃ勝負になんないよ」
「そんなことないでしょう、俺、左手でいいですよ」
「大して変わんないって」
「えー、やりましょうよ、きっと楽しいですよー?」
「なんなのよ、今日のそのキャラ?」

 聞かれても、黒尾にも分からなかった。強いて言うなら、気分だ。何でもいいから、の子どものように白くて丸くて小さな手に触れる理由が欲しかった。

 結局、の方が折れた。黒尾は左手だけ、は両手を使ってもいいと言う条件付きだったけれど、黒尾はちっとも力を入れていないのに、が顔を真っ赤にして力を込めてもその手はぴくりとも動かなくて、黒尾は悦に入って笑った。その笑い顔を見て、は悔しそうに唇を噛んだ。

 黒尾はいつまでたってもの手を握って離さなかったので、遅れて教室にやってきた夜久にほとほと呆れられたのだった。










20180804