黒尾くんとふたり並んで廊下を歩く。私が左手、黒尾くんが右手で教室備え付けのゴミ箱の取っ手を持って。黒尾くんの方が背が高いので、ゴミ箱は私の方に傾いているので少し持ちにくい。

 教室からごみ集積所まで、ちょっとした散歩にはいい距離だけれど、黒尾くんとふたりで歩くには少し長いような気がするのは私だけだろうか。

「黒尾くんさ、こんなことしてないで早く部活に行きたいんじゃないの?」
「そりゃ行きたいけどさ、ひとりでこれ運ぶの大変だろ」

 黒尾くんはのっさりとそう言って、空いている方の手の爪を物憂げな顔で見下ろした。

「これくらいひとりで平気だよ。私に任せて、行けばいいのに」
「なんだよ、俺といるのそんなに嫌なの?」
「そういうこと言ってるんじゃなくて、気を遣ってるんじゃん。全国大会目指して頑張ってる人をたかがゴミ捨てに行かせるなんてさ」
「別にこれくらいいいよ。それに、月に一回の掃除当番くらいちゃんとやらないとクラスの連中に白い目で見られるし? ただでさえ俺、クラス行事には距離置いてるからさ」
「まぁ、運動部ってそういうところあるよね」
「俺だって気ぃ遣ってんだよ、これでも」
「別に私に気ぃ遣わなくても」
「優しーいねぇ?」
「心こもってないし」
「そんなことねぇよ」
「どうだか」

 ふたりでゴミ箱を運びながら階段を下りるのは少しコツがいって、ごみ箱の底が階段にぶつからないように少し持ち上げなくてはならない。

 けれど、元々私の方に傾いていたゴミ箱は黒尾くんがちょっと高さを上げただけでずっしりと重みを増す。まったく、どうしてたった一日でこんなにたくさんのゴミが出るんだろう、もしかして今日は誰かがダンベルでも捨てたんじゃないのかな。

 でも、黒尾くんの前で弱音を吐きたくなかった。黒尾くんに弱みを握られたら、どんなことを言われるか分からないし、それが一回で済めばいいけれどまずそんなことはないのだ。黒尾くんはしつこくて粘着質な性格をしている。

「重くない? 平気?」
「うん、大丈夫……っ!?」

 と、私の足は階段の段差を踏み誤って、尻もちをついてしまった。

 それだけならよかったものの、一緒に階段に叩きつけられたゴミ箱は、私の手を離れて階段を滑り落ちていく。踊り場まで滑り落ちたゴミ箱は、大きな音を立てて一日分のゴミを吐き出した。丸まったティッシュ、消しゴムのカス、誰かが食べた菓子パンの包装紙、ノートの切れ端、誰かが折ったくたびれた紙飛行機、コンビニのお弁当のから、わりばし。

「全然大丈夫じゃないじゃん」

 黒尾くんの笑い交じりの声に、かっと頭に血が上った。黒尾くんの目の前でなんたる醜態! これ、この先一週間はからかわれるパターンじゃない? やっちまった! と、頭を抱えてうずくまってしまいたくなるけれどそこをなんとか堪える。

「だ! 大丈夫だと思ったんだもん!」

 まったく言い訳になっていないことを口走ってしまって、私はさらに自分を責めた。これでは恥の上塗りだ。

 羞恥心に耐えて立ち上がるものの、私のバランス感覚は一時的に狂ってしまったらしい。体重を支えようとつま先に体重をかけたらそこは階段のちょうど端で、私の足はまたもやずるりと滑ってしまう。

 が、今度は転ばなかった。

「何をひとりでばたばたやってんだよ」

 黒尾くんが、私の二の腕をがっしりと掴んでいてくれた。

 私はなんだかもう必死で、黒尾くんの顔を見ることができなかったけれど、黒尾くんは私が階段の段差に腰を落としたのを確かめてからそっと手を離してくれた。

 黒尾くんはひとりで踊り場まで下り、大きな体を屈めて散らかったゴミをひとつひとつ拾い集めてくれる。

 少し高いところから見下ろしていると、その身のこなしは猫のようにしなやかだ。ただゴミを拾っているだけなんだけれど。

 ようやくゴミを拾い終わった黒尾くんが、踊り場から私を見上げて言う。

「もしかして、どっか痛い?」
「え?」
「いや、全然立たないから。もしかして足首とかひねった?」
「あぁ、いや、痛くはないよ」

 私は慌てて立ち上がって、スカートの裾を整えて埃を払う。今度はつまづかないように、手すりを握って慎重に階段を下りる。
 踊り場で黒尾くんの隣に並ぶと、黒尾くんはにやりと笑って首を傾げた。

「なんか、俺に言うことあるんじゃないの?」

 私はかちんときて、とっさに腕を組んで黒尾くんを睨み上げた。

 どうして黒尾くんはいつも私の機嫌を損ねるようなことばかり言うんだろう。そんなこと言われたら、「ありがとう」ってたったひとことすら、言いにくくなるじゃない。

「私、やっぱりゴミ箱持つのむいてないわ。黒尾くんが持って」
「えぇ、そういうこと?」
「両手がふさがっちゃうから私がドアマンしてあげるよ」
「それを言うならドアウーマン?」
「語呂わるっ」

 まぁでも、黒尾くんにはこのくらいがちょうどいいのかもしれない。



 本当は優しいくせに、意地悪でひねくれている黒尾くん。

 私の、おとなりさん。



20180305





拍手御礼夢、再録。