ショートショート 嘘とひよことレモン水
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黒尾くんの、にわとりのようなトサカ頭を、はさみで思い切りちょん切ってやりたい。
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まじまじと見ると、
は本当に髪が伸びたなぁと思う。少し前までは肩のあたりまでしかなかったのに、今では肩を覆うように流れている。たぶん、初めて会ったときから一度も切っていない。
「俺、女の子は髪の長いのが好きなんだよね」
「へぇ」
「髪、伸ばしてんの?」
は鼻にしわを寄せて、蔑むような目をしてこっちを睨んだ。
「別に、黒尾くんのためじゃないし」
何もそんな顔しなくても。ちょっと言ってみただけじゃん。
黒尾は意外と自分が傷ついていることに気づいて、ちょっぴりふて腐れた。
●●●●● 3
その日、黒尾くんは右手首に白い包帯を巻いて教室に現れた。
「どしたの、それ?」
黒尾くんは左手で持っていた鞄を机に置くと、苦いような顔をして顔を伏せた。
「まぁ、ちょっとな」
「怪我?」
「大したことねぇよ」
「でもバレーって、手、たくさん使うでしょ?」
「そりゃぁな」
「もうすぐ試合なんじゃなかったけ?大丈夫?」
「そうなぁ」
黒尾くんは教室の天井を見上げながら、面映く目を伏せた。教室に入ってきてから、ずっと私の顔を見ない。まるで、何か口には出しにくいことを抱えて、戸惑っているように見えた。こんな黒尾くんを見るのは初めてだ。
「……ひょっとして、ひどいの?」
恐る恐る聞くと、黒尾くんは苦笑いをして首の後ろをかいた。
「しばらく試合は無理っぽい、のかな」
「そうなんだ……」
きっと、傷ついているだろう黒尾くんに、いったいどんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。だって、黒尾くんは本当にバレーに一生懸命なのだ。私なんかが安っぽい慰めの言葉をかけたところで、それで黒尾くんの力になれるとは思えなかった。
手が痛んでペンを握るのも辛いと黒尾くんが言うから、その日の授業は全部、代わりにノートを取ってあげた。黒尾くんははにかんだ顔をして「あんがと」と言ってくれた。
もしも私に魔法が使えたら、呪文を一つ唱えて、一瞬で黒尾くんの怪我を治してあげるのに。できもしないそんなことを考えてみたりした。
後になって、黒尾くんの怪我はそんなにひどいのかと、こっそり夜久くんに尋ねてみたら、夜久くんは「あれ、猫にひっかかれてちょっと血ぃ出ただけだよ」と気まずく笑って教えてくれた。
●●●●● 4
授業が終わって、さて、部活へ行くかと鞄を肩に引っ掛けようとしたら、床に何か黄色い物体が転がっていることに気がついた。
拾い上げてみると、間抜けな顔をしたひよこのマスコットだ。黒尾にはよく分からないが、最近流行りのキャラクターらしく、鞄や筆箱に同じキャラクターのキーホルダーを付けている女子を何度か見たことがあった。そういえば隣の席の
も鞄にぶら下げていたな、と思い出して、空席になっているその席を見やった。
は今日、体調が悪いと言って午後から早退したのだった。夏から秋に向かって彩りを変える空模様は、
のように敏感な体質の人間にはあまり優しくないらしい。マスクをした
は、鼻をすすりながら、ぼんやりと重そうな目をしていて、耳の先がほんのりと赤く染まっているのがかわいかった。
「俺、大会前だから移さないでね」
と、冗談半分で口にした言葉に、
が驚くほど傷ついたような顔をしたことを思い出して、黒尾は苦いものが胸の中に淀むような気持ちになった。
手のひらにちょこんと乗っかったひよこが、無言の圧力を持って黒尾を睨む。
黒尾は、ひよこをそっと
の机の上に乗せると、その頭を大きな手のひらでちょんと撫でた。
「……ごめんね」
早く元気になれよ、と、祈るような気持ちになりながら。
●●●●● 5
俺はどうも
の気に触るようなこと言うのが無意識に得意らしい。悪気があって言ったわけじゃないのに、どうして。
●●●●● 6
カフェオレを買ったつもりだったのだけれど、さてそれに口をつけてみたらまさかのブラックコーヒーで、思わず噴水を吹き出しそうになってしまった。
「どした?」
背中を丸めて衝撃に耐えていたら、黒尾くんのぼんやりした声が聞こえてきて視線を上げる。黒尾くんは手に飲みかけのレモン水を持っていた。
「……間違えた」
「何を?」
「コーヒーとカフェオレ」
「飲めねぇの?」
「びっくりした。全然甘くなかった」
「飲んでから気づいたのかよ、アホだな」
黒尾くんがけらけら笑うのが悔しくて、私は座りかけた黒尾くんの座席の椅子の足を思い切り蹴飛ばしてやった。黒尾くんはバランスを崩して転びかけたけれど、すんでのところで耐えた。転んじゃえばよかったのに、ちくしょう。
「何すんだよ」
「別に」
「どこの女優さんですか」
黒尾くんは椅子を置きなおして今度こそきちんと腰掛けた。
なんだか、隣に黒尾くんが座っているというだけでいらいらした。最近の黒尾くんはすごくいじわるだ。全く、私が黒尾くんに何したっていうのよ、もう。
「良かったら、取り替えっこする?」
「何を?」
「それとこれ」
黒尾くんは、私の机の上のブラックコーヒーと、自分の机の上のレモン水を交互に指差した。
「……飲みさしなんだけど」
「でも、飲めねぇんだろ」
「そうだけど」
「捨てるのもったいないじゃん」
言うと、黒尾くんは長い腕をにゅっと伸ばしてブラックコーヒーの缶を掴む。まだあげるって言ってないんですけど、と声を出す間も無く、黒尾くんは缶を傾けた。黒尾くんの太い首、喉仏が大きく上下に動いた。まるで首長竜のようにきれいな喉をしているなと、とりとめのないことを思う。
「いらねぇの?」
「え?」
「レモン水。いらねぇんなら俺持って帰るけど」
「あぁ、いや、うん。じゃぁもらう」
黒尾くんの机からペットボトルをとって、私は口をつけずにカバンの中にしまった。
ありがとうが、言えなかった。
20161017
なんかちょっと険悪ですね。倦怠期かな。
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