ゆるく触れて





 彼女は左手で参考書を開いて、右手でシャープペンシルをノートに走らせている。ものすごく集中しているようで、さっきから横顔をずっと見つめているというのにちっとも気づきやしない。特に用があるというわけではないから掛ける言葉はないのだけれど、勉強に飽きて集中力が切れてしまったから、休憩に付き合って欲しかった。

 彼女の頭のてっぺんの白いつむじがあって、そのすぐそばに、白い糸屑がくっついている。

 そっと手を伸ばして、彼女に気付かれずに糸屑を取り去ってやることできるだろうか。急な思いつきは、まるで一世一代の大きな挑戦を決意した時のように武者震いを起こさせた。

 そっと手を伸ばす。彼女の頭はバレーボールと比べると一回りくらい小さいな。自分の手のひらと比べてそんなことを考えていたら、その手のひら越しに彼女と目が合った。

「何?」

 不審そうに眉根を寄せて睨まれたので、黒尾は狼狽えた。髪についた糸屑をとってやろうとしただけなのに、なんだかとても悪いことをしてしまったような気持ちになるのが不可解だった。

「いや、髪に糸屑ついてっから」
「え、どこ?」

 彼女は左手で髪の毛を撫でたけれど、見当が外れている。なんだか焦れったくて、黒尾はほんの少しの勇気を振り絞って彼女の髪に触れた。

「ほら」

 白い糸屑は、黒尾の大きな手のひらの上にあっては、ほこりの欠片のようだった。

「あ、本当だ。ありがとう」
「どういたしまして」

 黒尾は手を払って糸屑を落とすと、その手のひらを結んで、開いた。

 糸屑をとる時、指先に触れた彼女の髪は、硬く艶やかでまっすぐで、とても触り心地が良かった。寝癖がついたままの自分の髪の毛とは似ても似つかず、蛍光灯の光を弾いて天使の輪が光っている。

 その髪に触れるには、どうしたらいいのだろう。糸屑を取ってやるだけでこんなにも動揺してしまうというのに、それ以上の大それたことなんかできるわけがないのに、そんなことを考えてしまう。

「何をそんなにじろじろ見てるの?」

 彼女が目を細めてこちらを睨む。ただ横顔を見つめるだけでこんなにも彼女の機嫌を損ねてしまう自分が、どうすればその髪に触れることを許してもらえるのだろう。

 ただ、髪が綺麗だなと思ったから、目が離せなくなって見つめていたんだと、正直に言えばいいんだろうか。けれどそんな柄でもないことを口にするのは照れくさかった。

「実は、勉強、飽きちゃったんだよね」
「しっかりしなよ、受験生なんだから」
「息抜き付き合ってよ」
「えー」
「ジュースおごってやるっていったら?」
「……いいよ。10分ね」





20160921



拍手御礼夢、再録。




title by OTOGIUNION