新学期








 新学期が始まる九月一日って、子どもの自死率が一番高い日なんだって。
 隣町の中学一年生が通学中に電車に飛び込んだと、ローカルニュースのアナウンサーが無表情に告げた言葉を思い出す。その男の子は、クラスや部活でいじめにあっていたらしい。夏休みが終わってしまうのが、本当に本当に、辛かったのだろう。

 分かるよ。
 私は別に、いじめにあっているわけでもないし命をかけるくらい必死で何かと戦っているわけでもないけれど、やっぱり新学期って憂鬱だ。
 夏休みの間、やっていることといえば受験勉強と学校の講習と塾通いくらいなものだったけれど、何をするにも全てを自分で決められた。電車のラッシュ時間を避けるための早起きはせずに済んだし、ラッシュが過ぎた後の電車に乗れば講習も塾も間に合う。勉強漬けっていったって、比較的自由に休憩も取れる。

 ところが新学期というやつは朝から晩まで分刻みのスケジュールを無理やり押し付けてくるのだからもう、勘弁してほしい。授業だって塾の方が進んでるから、正直受けてる意味が分かんないし、友達に会ってたわいもない話をするのは楽しいけれど、それだって別にわざわざ学校まで来なくたって会える友達もいるわけで。

 と、内心は文句たらたらだけれど、根が真面目な私は誰にそれを愚痴ることもなく、今日も早朝の電車に乗って学校に通う。でも、たったそれだけのことに息がつまるほど苦しい思いをする人がいることを、私はよく知っている。

 他でもない私がそうだから。





「今すぐ水風呂つかれんなら百万円払ってもいい」

 開襟シャツの胸元をぱたぱたいわせて風を送りながら、黒尾くんは教室に入ってくるなりそうぼやいた。もう九月に入ったとはいえ、残暑は厳しい。朝練を終えてすっかり汗だくになってしまったようだった。

「今日はプールの授業ないよ」
「おぉ、おはよっす」

 久しぶりに会う黒尾くんは、なんだか、少し大きなったように見えた。肩が厚くて、少し威圧感がある。

「おはよう。久しぶり」
「夏祭りに会って以来?」
「そうね。なんか、背、伸びた?」
「あ、分かる?」
「なんとなく」
「まだまだ成長期だかんな」
「男の子って恐ろしいね。私、中三で止まったわ」
「はっえーな」

 黒尾くんは、ははっと笑っていつも眠そうな目を面映く伏せた。

 丸く曲がった黒尾くんの背中、上に向かってつんつんとした、寝癖のついた髪、眠そうな目。

 ニュースで見た、ひとりぼっちで死んでしまった男の子のことを思った。テレビに映し出されていた、おそらく小学校の卒業アルバムから抜き出してきたであろう彼の顔写真も、似たような寝癖付きの髪に眠そうな目をしていたっけ。

「何じろじろ見てんの?」
「いや、別に」

 あぁ、私、学校にきてよかった。
 黒尾くんに会えて嬉しい。
 
 しんどいことはしんどいし、息が詰まるほど苦しいこともきっとこれからあるだろうけれど、まぁ、こんなおとなりさんがいるんなら、私の学校生活も捨てたもんじゃ、ないんじゃない。
 







20160921



みじかーい。