やさしさから目を閉じて







 やさしさって、黒尾くんからは一番遠いところにある言葉だなって思う。

が宿題忘れてくるなんて、珍しいこともあるもんだな」

 黒尾くんは人の悪そうな笑みを浮かべて、隣の席から私のノートを覗き込んでいる。その嫌味っぽく楽しげな声が、私は腹立たしくて仕方がない。

「昨日早退したのしってるでしょ。何で誰も教えてくれないのよ」

 計算式を書き込みながら恨みがましく言うと、黒尾くんはだって、ととぼけて見せた。

「俺、部活で忙しいんだよ」
「となりの席じゃん」
「関係ある?」
「この間黒尾くんが宿題忘れてきたとき助けてあげたじゃん!」
「そんなことあったっけ?」
「……次、何かあっても助けてあげないからね」
「そんなこと言うなよ」

 いらいらが沸騰してきて、数式の途中でシャープペンの芯がぽきりと折れた。あぁ、もう。なんだって今日の黒尾くんはこんなにいじわるなんだろう。
 そりゃ、普段からものすごく仲良しってわけじゃないし、おとなりの席だから何かと話す機会が多いだけと言えばそうだけれど、人が困っている時にあんなにいやらしい顔でにやにやにやにやする必要ないと思うし、何よりこっちは必死で次の授業が始まるまでになんとかしようと必死になっているというのにちょっかい出してきて、もう腹立たしくって、飲みかけの飲むヨーグルトの紙パックをあの顔に向かって握りつぶしてヨーグルトでべたべたにしてやりたかった。

「あー、もう無理。絶対おわんないこれ」
「ごしゅうしょうさまー」
「うるっさいな、黙っててよもう」

 無情にも、チャイムの音が教室に響き渡る。先生は教室に入るなり、ノートを回収して採点を始めることだろう。昨日早退したせいで宿題があることを忘れていただなんて言い訳はあの先生には通用しない。

「黒尾くんのいじわる」

 私はそう言って、横目で黒尾くんを睨む。

「そうだよ。俺、意地悪なんだよ」

 黒尾くんは涼しい顔をして、私の恨み言をさらりと受け流した。

「だからもてないんだよ」
「別にそんなのどうでもいいし」
「そんなこと言っちゃって」
「なんだよ」
「もてたくない男の子ってこの世に存在するの?」
「するんじゃねぇの?俺は面白いもんがあれば別にそれで」

 はい、じゃぁ宿題のノート後ろから集めてー。
 あぁ、こんなくだらないこと喋っていたせいでノートは半分しか埋まらなかった。後ろの席の住人からノートが回されてきたので、泣く泣く自分のノートを前の席へ受け渡す。あぁ、さようなら、私の埋まらないノート。どうか先生に私が昨日早退したことが伝わって、名指しで怒られたりしませんように。
 となりの席の黒尾くんがぶはっと吹き出して笑った。

「ひでぇ顔」

 ひどい顔で笑ってんのはそっちだよ。




20160321



拍手御礼夢の再録です。




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