けんか 前編
音駒高校では、5月の中間テストが終わった後に球技大会が開催される。4月にクラス替えがあった後、はじめて行われる学校行事なので、クラスメートとの親睦を深める意味合いもあるのだけれど、3学年にもなるとクラスを超えた顔見知りも増えているので、むしろ「目指せ、総合優勝!」と具体的な目標に掲げて盛り上がっているクラスの方が多い。球技大会の当日は、学校中がざわざわと浮き足立っていて、朝からはしゃいでいた男子生徒がさっそく教師に怒鳴られたりしていた。
「黒尾、おはよー」
クラスメートの夜久が、学校ジャージを着てのらりくらりと歩いてきた。
「おぉ、早ぇな」
教室の作り付けのロッカーに荷物を突っ込んで、寝ぼけ眼で答えた。黒尾は朝は苦手なので、エンジンがかかるまで少し時間がかる。
「なんか、本番前に朝練すんぞってなってさ。練習してきた」
「まじで。お前なんだっけ?」
「サッカー」
「気合入ってんな」
「黒尾は?」
「バスケ」
「背ぇ高いから期待されてんじゃん?」
「理由そんだけだけどな」
予鈴が鳴って、生徒達がぞくぞくと教室に戻ってくる。夜久のように朝練に参加していた生徒は以外と多いらしい。ホームルームの後、校庭に場所を移して開会式をし、それから各競技が始まるというスケジュールを思い浮かべると、ため息が出た。
運動部に所属している生徒は、その部の競技には参加できない決まりになっている。その代わり審判に駆り出されたりするので、自分も夜久もバレーが行われる時間には体育館で審判をしなければならない。運動部所属の人間はハードスケジュールだ。
席に戻る夜久を見送って、隣の席に視線をやると、ちょうど
がクラスメートの女子と連れ立って戻ってきた。額にうっすらと汗をかいていて、まだ大会が始まったわけでもないのにすでに半袖だった。
「おはようさん」
「おはよう。今日、暑いね」
Tシャツを引っ張って胸元に風を送りながら、
は笑った。
「朝練?」
「そう。って言っても、今日初めてなんだけどね、朝練したの。こんなんで効果あるんだか」
「何やんの?」
「卓球。黒尾くんは?」
「バスケ」
「あぁ、背ぇ高いから?」
「まぁな」
「黒尾くん、活躍しそうだねぇ」
「何を根拠に?」
「だって運動神経いいでしょ」
「見たこともねぇくせによ」
「いい体してんじゃん、黒尾くん」
「そう?」
の頬は、体を動かしたせいでほんのりとピンク色に染まっている。汗で額の産毛が肌に張り付いていて、それをタオルハンカチで押さえるように拭う仕草が色っぽい。そんなことを思うことに、驚いている自分がいた。これは一体何だろう。つい、まじまじと
の姿を眺めてしまう。
はあまり体が強くないらしく、2年の時は学校を休みがちだったというのは、夜久から聞いた話だ。進級して同じクラスになってからも、保健室で休んでいたり、体育の授業中に具合が悪くなったりすることがあって、自分も何度か保健室に付き添ったことがある。
そんな体のくせに、こんなに朝早くから汗をかく程に体を動かして大丈夫なのだろうか。
「バスケの試合って何時からだっけ?」
は、先週配られた球技大会のタイムスケジュールが書かれたプリントを眺めながら言う。
「2時半くらいじゃなかったっけ?」
「あ、じゃぁ見に行ける! 卓球は午前中だから」
「大丈夫なの?」
「何が?」
「
のことだから、突然頭痛くなって来れねぇとか、ありそう」
いつもの
だったら、充分起こり得ることだろう。今日は天気もよくて暑くなりそうだし、5月とはいえ日差しも強い。朝練になんか参加してるんだから、いつもより体力も消耗しているはずだ。きっと
は午前中の早い段階でダウンするだろう。
本鈴が鳴る。いつもは制服で始まるはずのホームルームが、今日は学校ジャージで始まるという普通とは違う朝で、生徒は興奮して教室はざわざわと落ち着かない。
「なにそれ?」
チャイムの音とざわめきに混ざって、
のその言葉はやけに冷たく耳に響いた。
「何って?」
「なんでそんなこと言うの?」
ジャージ姿の担任が教室に入ってきた。クラスメートが一斉に立ち上がるのに少し遅れて、慌てて立ち上がって、号令に合わせて礼をする。すぐに担任が出欠確認と事務連絡を話し始めて、話が中断してしまった。横目で
を見ると、さっきまでの笑顔はどこに行ってしまったのか、むっと唇を尖らせて黒板を睨んでいた。
ホームルームが終わったら改めて話しかけようと思ったけれど、それより先に女友達の席に走っていってしまった。今日は1日中学校中で競技が行われるから、
のとなりの席に座る機会はもうない。
そこまで考えてやっと、
を怒らせてしまったという事実に気がついた。
20151207
続きます。
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