保健室 その1






休み時間に隣のクラスの海のところへ行って戻ってきたら、隣の席のがいなかった。机の上はまっさらで、次の授業の教科書も揃っていない。

「あれ、は?」

誰へともなくつぶやいた言葉は、たまたまそばを通りがかった夜久が拾ってくれた。

「具合悪いって、保健室に行ったみたいだよ」

「さっきまでなんともなさそうだったのに」

夜久は丸く大きな目で、何か言いたそうにこちらを見上げていた。

「なんだよ?」

「いや別になんでも」

本鈴が鳴った。夜久は楽しそうに笑って席に戻った。

その授業が終わったら昼休みだったから、昼食をとりに戻ってくるかと思ったのだけれど、学食で中華飯を食べてバレー部のメンツとくだらないことを話してから戻ってきても、は戻っていなかった。カバンは机の脇にかかったままだから、早退したというわけでもなさそうだ。時計を見ると、予鈴まであと20分ある。保健室と教室を往復するには十分だ。そう思って、1階にある保健室へ足を向けた。

ノックをして引き戸を開けると、中は静かだった。養護教諭もいない。昼休みの保健室はこんなものなのだろうか。ひとつだけカーテンが引かれているベッドがあって、そこに向かって声をかけてみる。

?」

「はい?」

思いがけずはっきりした返事が返ってきて、黒尾は拍子抜けた。結構心配していたのに、取り越し苦労だったのだろうか。

「誰?」

「となりの席の黒尾ですけど」

「え? 黒尾くん?」

もそもそと衣擦れの音がして、白いカーテンが10センチくらいの幅に細く開いた。そこから顔を覗かせたのは、間違いなくだった。髪の毛が乱れていて、胸元のリボンがゆがんでいる。ベッドの端に腰掛けているようだけれど、足は床に届かず、靴下の高さがばらばらだった。

「何してんの?」

は不思議そうに言った。

確かに、なぜの見舞いになぞ来ようという気になったのか自分でもよく分からない。仲のいい友達だというつもりもないし、隣の席のよしみといても、そんなのはこじつけだ。

「見舞いに来てやったのに、その言い草はなんだよ?」

口から勝手に出てくる言葉と、胸の中でくすぶる正体の知れない何かがちぐはぐとして、かみ合わなかった。これは、一体なんだろう。

「大丈夫か?」

聞くと、は髪をなでつけながら答えた。

「うん、だいぶ楽にはなったかな」

「風邪かなんか?」

「うぅん」

は言葉尻を濁して、視線を逸らした。まだ少し顔色が悪くて、頬が白く血の気が無い。カーテンの向こうが少し薄暗いからそう見えるのかもしれない。蛍光灯の明かりが入るように、カーテンを30センチくらいまで開く。そして、斜め下に落ちたの視線を追ってしゃがみこんだ。

「大丈夫?」

もう一度言ってその目を覗き込むと、は狼狽して目をぱちくりさせた。

「大丈夫だって。もう授業始まるよ? 戻りなよ」

はどうすんの? 早退すんなら、カバン持ってきてやろうか?」

下からを見上げる、というのは、初めての体験だったから、不思議な気分になった。にこんな風に接して、いったい自分は何がしたいんだろう。それが全く分からないまま、体が勝手に動いてしまう。

「どうして黒尾くんがそんなことまでしてくれるのよ?」

は困った顔でそう言った。けれど、困っているのはこちらも同じだ。質問になんと答えればいいのか分からない。

仕方がないから、得意の技を使って、思い切り人が良さそうに笑ってやった。

「僕が親切なのはいつものことです」

「なにそれ、きもちわるっ」

「ひでぇ」

そう言ったあと目を合わせたら、なんだかおかしくなって、ふたり同時に笑った。




201500209



人に優しようとして優しくしている黒尾くんはどうにもなぁ。