世話好き






バレー部の仲間と歩いていると、まるで小学生の集団下校みたいだなと思うことがある。家が近所の連中と集まって、班長の上級生が下級生の面倒を見ながら学校から家までの道のりを、くだらない馬鹿話をしながら、時には寄り道したりしながら帰る。毎日がちょっとした冒険みたいだった。きらきらした子どものころの思い出だ。

けれど、高校生にもなって道端で大声を上げる下級生を叱ったり、190センチもある巨体で、道端いっぱいに両手を広げる後輩をいさめたりするようになるとは思いもよらなかった。

携帯ゲームをプレイしながら前も見ずにあるく幼馴染が赤信号を無視して横断歩道を渡ろうとするのを首根っこを掴んで引き止めて、黒尾は毒づいた。

「おい。轢かれるぞ」

「ごめん」

こっちの話を聞いているのかいないのか、ぼんやりした調子で研磨は答えた。その間もゲーム画面から目を離さない。呆れてものも言えない気分だが、研磨のことだからしょうがないなと思う自分も確かにいて、黒尾はため息をついた。

「黒尾って本当、面倒見がいいっつーかなんつーかなぁ」

少し遅れて歩いてきた夜久が言った。

「そぉか?」

「そうだよ」

夜久は昔のアニメに出ていたねずみのキャラクターみたいに、肩をすくめてくくっと笑った。夜久は騒がしいバレー部員の中では人一倍落ち着いていて、どちらかというと、黒尾とともに暴走しがちな後輩をいさめる立場だ。

「あ、そういえば黒尾って、さんと仲いいの?」

唐突に、夜久はとなりの席のクラスメートの名前を口にした。

何がそんなにおもしろいのか、いつもにやにやと楽しそうに笑っているとなりの席の住人の顔を思い浮かべると、疑問符が浮かんでくる。公欠をとった日のノートを見せてもらったり、授業中に居眠りしていたところを起こしてもらったりしたことはあるけれど、果たしてそれで仲がいいといえるだろうか。

「別に普通だと思うけど」

「そうなの? なんかしょっちゅう一緒にいるところ見るからさ」

「となりの席だからじゃねぇ?」

「この間、図書室で本とってあげたりしてたじゃん」

「見てたのかよ」

「たまたまだよ、たまたま」

そう言われてみれば、進級して同じクラスになってから、そういうことはあったかもしれない。そうだ、確かその日に、背が高いだのなんだの言われて笑われたのだ。その時は妙なことで笑う奴だなとしか思わなかったけれど、どうやらはちょっとしたことで簡単に笑ってしまう笑い上戸な性分らしい。女友達と話をしているときに大きな声を上げて笑っているのを見たことがあるし、黒尾が居眠りをしていた時の寝顔を見て、腹が痛くなるほど笑っていた。この時は夜久も一緒だったっけ。あの写メは結局消せないまま、の携帯電話のメモリーに残っているはずだ。

「俺、さんとは2年の時も同じクラスだったんだよね」

「へぇ」

「2年の時は、学校休みがちでさ」

「そうなの?」

「そうそう。でも、3年になってからはそうでもないみたいで。良かったなぁって、勝手に思ってたんだよね」

「ふぅん」

夜久がそんな風にのことを心配していたとは知らなくて、黒尾は珍しいものをみるように夜久を見下ろした。もしかして、のことを他の女子生徒とは違う目で見ているのだろうか。

「随分気にしてんじゃん?」

黒尾はいじわるく笑って、夜久の肩に自分の肩をぶつけた。体格差のある黒尾にぶつかられてふらついた夜久は、まるい猫目を尖らせて黒尾の肩を拳で殴った。

「はぁ? そんなんじゃないよ。それを言うなら黒尾だろ?」

「俺がなんだよ?」

さんのこと、気にしてんのは黒尾の方だろ?」

「してねぇよ。つーか、あいつのことしゃべってんのそっちだろ?」

「黒尾が知りたそうな顔してっからだろ」

「俺がいつそんな顔したよ?」

「ていうか、今の黒尾とさん見たら誰だって、そういう目で見たくなるんだよ。自覚ないの?」

夜久の言わんとしていることが理解できず、黒尾は首を傾げる。夜久はぷりぷり怒った顔をして、「本当に無自覚ならさんに失礼すぎるっ」と黒尾を罵った。

そんなことを言われても、黒尾の中には夜久がいうところの「そういう」は気持ちはこれっぽっちもないのだ。

そもそも黒尾の生活はバレーを中心に回っていて、それは子どもの頃からほとんど変わっていない。人を好きになったり嫌いになったりしたことがないわけではないけれど、それがバレーよりも優先順位が高くなったことがない。

まぁ、が恋愛対象になるかというのは、それとはまた別の話だけれども。夜久から見て、黒尾がのことを好きなように見えているというだったら、それは心外だ。

「別に、そんなんじゃねぇし」

「本当に?」

今日はやけに絡むな、と思って、黒尾は夜久を睨みつけた。夜久はにやにやと人の悪い笑を浮かべている。黒尾は苛立つ心をおさえて、平常心を装った。

「本当だよ」

「じゃぁ、なんであんなに仲が良いの?」

「だから、別に仲良くねぇって。席がとなりだからしょっちゅう話すだけだよ」

「それだけとは思えないけどね」

「まじでお前しつこい」

黒尾はだんだんと嫌な気分になってきて、長い前髪の下で眉間にしわを寄せた。

確かに、休んだ日のノートを見せてもらったり、授業中に居眠りしているところを起こしてもらったり、ありがたいとは思う。けれど、黒尾がバレー部に所属していることを知らなかったり、そもそもバレー部の存在を知らなかったというのには本当に驚いたし、朝礼や壮行会とか、学校行事の類には一度も出席したことがないというのも驚愕の事実だった。そんな調子でよく学校生活に支障をきたさなかったなといっそ感心してしまうくらいだ。

眠い授業がやっと終わって、ふと隣を見たら、今までそこにいたはずのの姿がなく、黒尾はきつねにつままれたような気分になったことがある。あの時は確か、購買部でお目当てのパンを買うためにチャイムが鳴った瞬間、目にも止まらぬ速さで教室を飛び出していったということが、あとになって分かったのだ。たかがパンひとつにそんなに必死にならなくても、と言ったら、「焼きそばパンはすぐ売り切れちゃうんだよ!!」と、真剣な眼差しで訴えられた。

黒尾からすればくだらないことに必死で、普段は何を考えているのか分からない。けれどときどき、無性に手を貸してやりたくなる瞬間があって、その衝動は自分でもどうしようもない。

そして、そんな存在が既にひとり、身近にいることを黒尾は覚えていた。

って、研磨に似てると思わねぇ?」

「え? どこが?」

黒尾に思いがけないことを言われて、夜久はきょとんと目を丸くした。

黒尾はなんと説明していいか迷って、前を歩いていたはずの研磨の背中を探した。けれど、ゲーム画面を凝視して丸まった見慣れた猫背が見当たらない。

「あれ、研磨は?」

夜久も研磨がいないことに気づいて、ほかの部員にも伝染するように、搜索の輪が広がった。

研磨を見つけたのは山本だった。ゲームに夢中になるあまり、ひとつ前の曲がり角を曲がらずに直進してしまったらしく、道を引き返したそれを発見した山本が、孤爪の両肩を背中からぐいぐい押して連れ戻してきた。

「あぁいうところがな。似てる気がする」

黒尾は呆れた顔で呟いた。

「そういえば、2年の時の校外学習で、さんもひとりではぐれちゃったことあったな!」

夜久はたった今それを思い出したようで、納得したように深く頷いた。

「黒尾の世話好きが研磨だけじゃなくて、さんにも発揮されてるってわけだ」

「なんか、その言い方微妙」

黒尾はなんとなく肩を落として、ゲームに熱中するあまり電柱に激突しそうになった研磨をそれとなくかばった。

研磨のことは、子どもの頃からずっと見ているからよく分かっているのだ。自分から友達とか作れたためしがなく、それならと遊びに誘ったり、中学に入ったら一緒にバレーをやらせたり、俺がなんとかしなくちゃ研磨が、なんて思っているわけじゃないけれど、そうするのが当たり前みたいに思っていたから違和感もなかった。

子どもの頃からずっと一緒にいる研磨と、4月からクラスメートになったとなりの席の。ふたりには共通点なんかないように見える。

けれど、どうしてだろう。ふたりは同じなのだ。黒尾におせっかいを焼かせるという、一点において。それがなぜなのかは、黒尾にもまだはっきりとは分からなかった。




20150119



はっきり分からないのは、私もはっきりしないまま書いてるからだよ。