ノート






「昨日の授業のノート、見せてくれない?」

と、黒尾くんが言うので、英語と数学のノート2冊を提供した。黒尾くんは昨日、部活の大会があって公欠を取っていたのだ。昼休みに学食でカレーを食べた後、急いで教室に戻ってきたらしい。午後一番に数学の授業があるから、タイムリミットはあと20分だ。

「黒尾くんって、なんの部活してるの?」

必死にノートを移す横顔に向かって聞いたら、黒尾くんは呆れたような顔をしてこっちを見た。

「知らねぇの?」

「うん。知らない」

「俺一応部長で、壮行式で主将挨拶とかしてんだけど」

「あぁ、私それサボったんだよね。体育館に全校生徒すし詰めとか、具合悪くなっちゃうから」

「卒業式とかどうしたんだよ?」

「サボったよ。もちろん」

「まさか」

「入学式もサボったよ、もちろん。ちなみに朝礼も出たことないよ」

黒尾くんは何といっていいものか迷ったすえ、苦しそうに「へぇ、そう」と、独り言のように言った。こういう反応には慣れている。そしてその度、少しだけ寂しくなる。私のこのどうしようもない性分を真に分かってくれる人は、今までひとりもいなかった。みんなが簡単にできることが、私にはできない。

「で、何部なの?」

黒尾くんはノートを写す手を止めない。さらさらと動く右手は大きくて骨ばっていて、血管が青く浮いている。黒尾くんの手の中にあると、普通のシャープペンもストローみたいに細く見える。

「何部だと思う?」

「うぅん。背ぇ高いから、バスケ部とか?」

「ハズレ」

「じゃぁ、剣道部」

「なんで?」

「なんか、袴が似合いそうだから」

「違う」

「ヒントは?」

「球技」

思いつくまま、指を折って数えてみる。

「野球、サッカー、卓球、テニス、ラグビー?」

黒尾くんはペンを動かす手を止めずに、ぴくりと口元を引きつらせた。

「違う。っつーかラグビー部なんてねぇし」

「知らないそんなの。他に何かある?」

「バレーボールって知ってる?」

「あぁ、知ってる知ってる。あるんだ、バレー部」

「お前、それ、結構失礼」

黒尾くんは人の悪そうにつり上がった目尻をぴくぴくさせた。もしかしたら、怒らせてしまったのかもしれない。まぁ元々が怒ったような顔をしている人だし、そう見えるだけだろうか。決して馬鹿にしたつもりはない。ただ、知らなかっただけだ。

「ごめん」

「いいけど、別に」

黒尾くんが手を止めて、私のノートをぱたりと閉じる。どうやら写し終わったらしい。授業が始まるまで後2分。なんとか間に合ったようだ。

ふいに、黒尾くんが言った。

「バレー部にさ、ガキん頃から一緒のやつがいんだけど」

「うん?」

「そいつ、人見知りっつーか、なんつーか、いっつもひとりでゲームばっかやってるようなやつで、ガキの頃からそうなんだけどさ」

「幼馴染ってやつだ」

「そうそう。としゃべってると、そいつのこと思い出すわ」

「え? なんで?」

黒尾くんがノートを差し出してきたので、受け取る。そして次の授業で使う教科書を机から取り出した。予鈴が鳴って、クラスメートが教室に戻ってくる。ざわざわと落ち着かない空気の中、黒尾くんの鋭い目が、私を射た。

「私、その人に似てるの?」

「いや、全然」

「どんな人?」

「金髪のプリン頭で、ひょろくて、あんましゃべんないな。部員からはやる気なし男って呼ばれてる」

「なんで、わたしとしゃべってると、その人のこと思い出すの?」

「さぁ? 俺にもよく分かんねぇ」

「なにそれ」

「なんでだろうなぁ」

黒尾くんは目つきが悪い。初めて黒尾くんを見たとき、この人は一体何をそんなに怒っているのだろうと誤解してしまったくらいには。机に頬杖をついて私を見る黒尾くんは、ふいに浮かんだ謎を解明するためにまぢまぢと私の顔を観察しているようだった。幼馴染と私になにか似ているところはないか探しているのかもしれない。

急におでこのあたりがこそばゆくなって、私は思わず、前髪をあげたおでこを両手で隠した。

「ちょっと、あんまり見ないで」

「なんで?」

「なんとなくっ」

本鈴が鳴って、教室の前の扉から先生が入ってきた。日直の号令がかかって、黒尾くんはやっと目をそらして立ち上がった。それに少し遅れて、私も立ち上がる。なんとなく気恥ずかしくて、黒尾くんの席と反対の通路に立った。

「ノート、ありがとうな」

クラスメートががたがたと音を立てて席につく音に紛れて、黒尾くんがこっそり言った。





20150104



似てるっていうかなんというか、種族が同じだと思って書いているよ。