ため息






昼練習から教室へ戻る途中、なにやら大きな荷物を抱えて歩いている小さな背中を見つけて、あぁ、隣の席のあいつだなと分かった。やたらゆったりした足取りで、歩幅も小さいからすぐに追いついてしまう。黙って追い越すのも薄情な気がしたので、彼女の横を通りすぎながら「よお」と声をかけたら、「ひゃぁああ!」という素っ頓狂な悲鳴を上げて持っていたプリントを盛大にぶちまけた。

鳥が羽ばたく時のような激しい音、その音が止むまで、おそらくはほんの一瞬のことだっただろう。けれど、永遠のような一瞬だった。ひらひらと舞い上がるプリント、悲鳴の残響、近くにいた生徒たちの視線と、息を呑む気配、まんまるに見開かれた目に、彼女と全く同じ顔で固まっている自分の顔が映っていた。

「ちょっと! 黒尾くん! 何すんのよ!?」

その目に理不尽に怒鳴られて、黒尾は無意識に肩を落とした。

「えぇ?」

「黒尾くんがおどかすから! プリントが!」

「俺のせいかよ?」

「そうでしょうよ! もう!」

ぷりぷりと効果音が聞こえそうな顔をされたけれど、自分より30センチも低い位置から怒られてもちっとも迫力がない。黒尾は苦笑いをして、口先だけで「ごめんごめん」と謝った。その声を聞いているのかいないのか、床に膝をついてプリントをかき集めはじめたので、黒尾もそれを手伝った。このまま先に教室に帰ったらそれこそ薄情というものだ。

「これなんのプリント?」

「次の授業の自習プリント。日直だから先生に頼まれたの」

「あ、次自習?」

「そうだよ。次は自習だよ」

その声の語尾が、すねたようにきゅっと上がる。暗に責められているような気分になって、黒尾はプリントを拾い集めながらため息をつく。

「そんな、怒んなよ」

「おこってないよ」

「声かけただけじゃん」

「おこってないってば」

「わざとじゃないのに」

「だから、おこってないってば」

プリントの束を抱えて、彼女が急に立ち上がった。しゃがみ込んでいた黒尾が見上げると、スカートの裾がひるがえってパンツが見えそうになったけれど、ぎりぎりで見えなかった。スカートが巻き起こしたささやかな風に乗って、柔らかくいい匂いがする。その匂いに当てられて、頭がぼおっとなった。

「……ごめんって」

ぼおっとした頭で何も考えずに謝ったら、ぼおっとした声が出た。けれどそれがさらに彼女の怒りを買うということもなく、彼女はプリントを揃えながら「まぁ、いいけど」と言った。

最後のプリントを拾って、床でそれをそろえてから立ち上がる。

「はい」

プリントを差し出したら、彼女は顎を上げて黒尾を見上げ、複雑に眉を寄せた。

「なに?」

「いや。その位置から声掛けられたら、そりゃ驚くわ」

空から何か降ってきたのかと思った、と彼女は大真面目に言った。

何かって、なんだ。黒尾はもう一度、ため息をついた。




20150104



初出:20141204 SSS