好き嫌いあいびき 藤代誠二
武蔵森学園の校舎は男子棟と女子棟に分かれている。中庭をはさんで北側が男子棟、南側が女子棟。特別教室は共用だけれど、それ以外の場所でお互い顔を合わせることはほとんどない。
の、はずなのだけれど。
「やっほー!」
「何してるの? 藤代くん」
「姿が見えたから! 元気!?」
藤代くんは中庭に面した窓から、女子棟の渡り廊下を覗き込んでいる。私の姿が見えたから、なんて小さな理由で、中庭を走って横切ってきたらしい。その程度の距離、といえばそうだけれど、そこを行き来するのになんのためらいもない藤代くんはやっぱり強者だなと思う。男子にとっても女子にとっても、お互いの校舎は校内でも足を踏み入れにくい場所ナンバーワンだ。
「元気だよ。藤代くんは?」
「元気元気! 俺が元気じゃないときなんてないって、知ってるでしょ?」
「あぁ、そうだったね。ごめん」
「移動教室?」
「そう、調理実習なんだ。今日はカップケーキ作るんだって」
「へぇ! できたら俺にもちょうだい! カップケーキ食べたい!」
「いいけど、藤代くんなら他の子からもたくさんもらうんじゃない?」
「そんなの分かんないじゃん。それに、俺は好きな子が作ったのを食べたいんだよね」
とっさに返す言葉が見つからずきょとんとする私を、藤代くんはにやにやと楽しそうに笑いながら見ていた。からかっているのか、本気なのか、藤代くんがどういうつもりでそんなことを言うのか分からなくて、二の句を継げない。
藤代くんも、それ以上は何にも言わなかった。
「藤代! 何やってんだ!?」
男子棟の方から、先生が大声をあげる。厳しいことで有名な学年主任の佐藤先生だ。特別な理由がない限り、男子は女子棟校舎に入ることはできないのだ。
「あ、やばい! じゃ、後でね! カップケーキ楽しみにしてるから!」
藤代くんはたっと駆け出して、後ろ手に大きく手を振った。先生に怒られてもなんてことない顔をして、おどけて笑っている。
私はそれに小さく手を振り返して、つい笑ってしまった。
好きだとかなんとか口にしておきながら、私の答えにはまるで興味がなさそうなのはどうしてなのだろう。何を考えているのか、さっぱり分からなくて、だからこそ興味が湧いた。
藤代くんは、本当に面白い。
20151109
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