好き嫌い逢引 土方十四郎
まんじりともせず布団の中にいることに飽きて、土方はのそりと身を起こした。毎日仕事に追われて頭も体も疲れているはずなのだが、真夜中になってもちっとも寝付ける気がしなかった。庭に出て、手遊びに煙草に火を付ける。
ターミナルのネオンが足元に影さえ落とすほど明るい。星は見えず、中空に浮かんだ月は夜空にあいた穴のようだった。
武州の田舎とはまるで違う夜を前にして、土方は途方に暮れた。江戸の夜は明るすぎて、これでは眠りたくても寝られやしない。
「こんな夜中にお散歩ですか?」
不意に声をかけられて振り向くと、屯所の住み込み家政婦が池のほとりに立っていた。寝巻きだろうか、浴衣の肩から薄手のショールを掛けている。長い髪が背中に落ちかかっていて、ゆるい風に毛先が揺れた。一体どういう神経をしているのか。夜中に寝巻き姿で出歩くなんて、あまりに無防備だ。
「お前こそ、何してんだ? こんな夜中に」
「なんだか寝付けなくて」
「女ひとりでふらふらしてっと犯されんぞ。気をつけろ」
「ふふふ、大丈夫ですよ」
冗談で言ったつもりはなかったのだけれど、女は喉を鳴らして笑った。男所帯に女ひとりで住み込んでいるというのに何の緊張感もないのか。心配しているこっちがあほらしくなってくる。
宇宙船が寄港したのか、ひとときターミナルのてっぺんが強く発光した。まるで打ち上げ花火が上がったときのように、地上が白く照らされた。夜の影が地面を這うように色濃く伸びる。
「近頃は、夜だっていうのに昼間みたいに明るいですね」
「それで寝付けなかったのか?」
「えぇ、実は。田舎者なもので、あんまり明るいと眠れないんですよ」
「夜は寝ねぇと体に障るぞ」
「土方さんこそどうなんですか?」
「俺は、」
煙草の煙を吐きながら、土方は遠い故郷のことを思い出した。武州は田舎で、夜ともなれば灯りがなければ一寸先も見えないほど暗く、星と月だけが夜空の主役だった。江戸とはまるで違う、自分の故郷。
「……まぁ、似たようなもんだな」
「あら、そうでしたか。夜は寝ないと、体に障りますよ?」
「うるせぇ」
女の笑い声がころころと耳をくすぐる。いい風が吹いてきて、夜の江戸のほこりっぽい匂いがして、それは煙草の煙と混ざって独特の苦味を残していく。
故郷とこの江戸はまるで違う。夜の闇も、星や月の在り様も、灯りも匂いも、そして女も。
本当に騒がしくって、おちおち寝てもいられない。
20151109
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