7.髪を掻き上げる





元希の髪は長い。長いといっても、一般的な高校球児のイメージと比べれば長い、という程度の長さだけど、それでもクラスの男子と比べても比較的長髪の部類に入ると思う。

「髪、切れって言われたりしないの?」

坊主頭の球児がボールを追いかけている甲子園球場が映し出さているテレビを眺めながら、隣で真剣に試合を見ている元希に聞いてみた。テーブルの上に並んだサイダーと私が手作りしたマフィンにはほとんど手をつけていなかった。

「別に」

「監督にも、部の先輩とかにも?」

「先輩にはたまに言われっけど、監督にはなぁ」

「そうなんだ」

「うちの監督あんま熱心じゃねぇんだよ」

「へぇ、珍しいんだね」

「何が?」

「野球部の監督さんって、熱心で一生懸命で厳しいイメージあるよ」

「テレビでそんなんばっか見てるからだろ」

ちょうど、テレビに、ベンチで両手に腰を当てて仁王立ちしている怖い顔をした50代くらいの監督がアップで映し出された。熱心そうで、一生懸命そうで、厳しそうな監督だった。

「武蔵野の監督さんって、どんな人?」

元希は「そうだな……」と、少し考え込んで答えた。

「あんま練習見にも来ねぇからな。よく分かんねぇ」

「そんななんだ」

「そんなだよ」 アルプススタンドで吹奏楽部が奏でる「狙い撃ち」のメロディが、テレビの中から流れてくる。エアコンのきいた部屋の中と、テレビの向こうの甲子園球場の温度差。

私はここで元希と2人でいられる方が嬉しいけれど、元希は違う。元希はあのテレビの向こうに行きたくて仕方がなくて、甲子園球場の土を踏みたくて仕方がなくて、あのマウンドでボールを投げたくて仕方がないのだ。

聞かなくても分かるそんなことを考えて、私は私の心を殴る。元希の1番は、野球だ。私は絶対に、元希の1番にはなれない。私は野球に嫉妬していて、元希はそれに気づかない。

元希のために作ったマフィンは、一口だけかじられた後はお皿の上に放置され、サイダーは気が抜けてしまった。元希は私をそんな風に傷つける。マフィンを一口かじって残すみたいに。気が抜けてまずくなったサイダーを排水口に流すみたいに。

テレビに夢中の元希を見ていると無性に腹が立って、私は唐突に、元希の長い髪をぐしゃりと掻き上げた。

「わっ。なんだよ、いきなり?」

元希は私の手を掴んで、ぱちくりと目を丸くした。

「高校球児なら、髪切ったらいいんだよ」

「なに、まだその話してたの?」

「してたんだよ」

私の気持ちなんか知らずに、元希はぐしゃぐしゃになった髪を自分で掻き上げてなでつけた。