5.微笑む





ペンを走らせるかすかな音だけが響くテスト中の教室で、鳳は教壇に椅子をおいて本を読んでいる先生を盗み見た。

膝丈のスカートから斜めに伸びた足が白くて綺麗で、エナメルのハイヒールが窓から差し込む光に輝いている。深いグリーンのスカートに、黒いリボンのふちどりがついたブラウス、クリーム色のカーディガン、まっすぐな黒髪をバレッタで留めて、手首に光っているのはチェーンブレスレットタイプの腕時計だ。

テスト中だというのに、先生に見とれている自分に半ば呆れながら、鳳はテストの回答用紙を順調に埋めていく。頬杖をついて、それで口元を覆うようにして。息を殺して問題に集中する。

その集中がほんの少し途切れる瞬間に、どうしても我慢ができなくて、上目遣いに先生を眺めてしまう。先生はちょうど胸の高さに文庫本を両手で持って、真っ直ぐに背筋を伸ばして、視線だけを動かして文章を追っているのが分かる。目線は上から下へ、右から左へ同じスピードでスライドして、ちょうど左下までくると音を立てずにページをめくる。その仕草はいっそ奇跡といってもいいほど静かで、厳粛で、鳳は見とれた。問題用紙に視線を戻しても、先生に気を取られて問題がさっぱり頭の中に入ってこなかった。

先生はとてもきれいだ。先生を見ていると、あまりに強い光を直視してしまった時のようにくらくらした。

軽く頭を振って、机に齧り付くように目を伏せる。問題に集中しなければ、集中しなければ。呪文のように自分に言い聞かせる。シャープペンをさらさらと走らせて、なんとか解答欄を埋めていく。

その時、鳳の足元をさっと黒い影が走った。一体何かと視線を上げると、先生の足元に黒猫がまとわりついていた。一体どこから教室に入り込んだのだろう。あれは氷帝学園に住み着いている黒猫だ。クラスメートは誰も気づいていないのか、鳳以外の誰も顔を上げない。

その時、先生と目があった。驚きのあまり、鳳は目をぱちくりさせる。先生と絡み合った視線を外せない。テスト中だというのに猫なんかに気を取られて、怒られるだろうか。冷や汗がこめかみを伝う。

先生は鳳を見つめて、ゆったりと微笑んだ。その微笑みに目を奪われて、鳳は硬直した。

黒猫は先生の足首に体を押し付けて喉を鳴らすと、居心地のいい場所を見つけて丸くなり、そのまま眠ってしまったようだ。先生は何事もなかったように、再び本に目を落とす。

はっと我に返った鳳は、時間内になんとか残りの回答欄を埋めた。チャイムが鳴った頃には、黒猫はどこかに消えていて、先生の微笑みも二度と鳳に向けられることはなかった。