怪雨





突然降り出した雨で、練習が中止になった。部室棟にばたばたと駆け込んでくる生徒を眺めていると、ため息が出る。レギュラーは屋内練習場を使えるけれど、その他の部員が練習できる場所までは確保できないからかわいそうだ。

「あ、先生!」

ひとり遅れて屋根の下に飛び込んできたは、鳳だった。

「鳳くん、どうしたの?」

鳳は頭の先からつま先までびしょ濡れだった。鳳は水滴を滴らせながら、無邪気に笑って言った。

「急に降ってきたので、濡れちゃいました」

鳳はタオルを丸めて両手で抱えていた。そのせいでこんなに濡れてしまったのだろう。

「何を大事そうに抱えてるの?」

「実は、この子が木に登って下りて来られなくなっていて」

鳳は腕の中でタオルをほどくと、その中から黒い毛並みの子猫を取り出した。雨で体毛が濡れて体にぴたりと張り付いていて、雨にあたって冷えたのか小さく震えていた。

「あったかいところに連れて行ってやりたいんですけど、いいですか?」

本当なら、部室棟は動物を連れ込んではいけないことになっている。けれどこの猫は学園に住み着いていて、自由に敷地内を闊歩しているから、多少大目に見られているところもあるのだけれど、生徒が自分で連れ込むとなると少し事情が違う。

けれど、こんなに弱々しい子猫をこの雨の中に放り出すなんて。

「しょうがないわね。少し待ってて」

予備のバスタオルをとってきて、濡れ鼠になった鳳の頭からかぶせてやる。濡れた髪をタオルの上からごしごし拭いてやりながら、秘密めかしてこっそり言った。

「誰かに見つからないように、これで隠して行きましょう」

「いいんですか? 見つかったら榊先生に怒られますよ?」

鳳はタオルの下で顔を赤くしている。この雨で風邪を引いてしまったのかもしれない。その背を押して、休憩室へ向かう。そこならしばらく人は来ないだろう。

「いいから行きましょう。その子も鳳くんも、風邪を引いたら大変よ」

鳳を着替えさせている間に、子猫をタオルでくるんで、ドライヤーを使って体を乾かしてやる。体が温まって眠くなったのか、子猫はふわふわのタオルにくるまって眠ってしまった。

「ありがとうございます、先生」

「鳳くんは大丈夫? 寒気はない?」

「はい。大丈夫です」

鳳は乾いた服に着替えて、首にタオルを引っ掛けている。短い髪はまだ少し濡れていて、毛先がぴょんとはねてかわいらしい。その大きな体を折り曲げるようにして、子猫を覗き込んでにっこりと笑った。

「よかった。気持ちよさそうに眠ってますね」

「けど普通、木の上の子猫になんて気づかなんじゃない?」

「僕、背が高いから。高いところはよく見えるんですよ」

「そう。でも、雨で滑ったりしたら怪我につながりかねないからね。気をつけてね」

「はい、心配していただいて、ありがとうございます」

鳳は眠る子猫の背中を撫でた。子猫は鳳の大きな手のひらにすっぽり収まるほど小さい。それはとてもいたわりのこもった手つきで、子猫を見下ろす眼差しはとても柔らかかった。

「……優しいね」

「え? 何ですか?」

「ううん。なんでもない」

小さな声で呟いた言葉は、鳳の耳には届かなかったようだった。





20141117