ゆるく触れて





「なぁ。髪、ほつれてるぞ」

 と、結人が言う。

「え、どこ?」

 右手でこめかみを探るように手を伸ばすと、結人は急に「あぁ!」と大声を出した。

「触ると余計に崩れるって!直してやるからこっちこいよ」

 そう言うなり、腕を引かれて隅の方にあったベンチに座らされる。結人の手のひらが両肩をぽんと叩く。

「ったく、あんなに走るからだぞ」
「だって、遅れそうだったんだもん」

 結人の手が、私の髪を留めていたバレッタとピンをぱちぱちと音を立てて外していく。髪越しに触れる結人の指の腹が柔らかい。

「待たせたら悪いじゃない」
「ちょっとくらい遅れたって何にも言わねぇよ」
「でも」

 束ねていた髪が頬に落ちかかる。その髪を指で梳く結人の指が、おそらくは無意識に私の頬をこすって、そのくすぐったさに産毛が逆立った。

「でも、何?」

 結人の手が私の髪をひとつにまとめていくたび、頬や肩、首筋に結人の指が流れるように触れる。そのたびに、くすぐったい。肩が震える。笑い声さえこぼれそうだった。

「楽しみにしてたんだもん」

 笑みの混ざった私の声に、結人の手が、私の首の後ろでゴムをぱちりと鳴らす音が重なった。

「よし、これでオッケー」

 差し出された鏡を見ると、髪はシンプルに一本に結わえられていて、一筋が三つ編みになっていた。ゴムには白いレースの飾りがついていて、私のバレッタは結人が持っていた。

「このゴムどうしたの?」

 結人は照れくさそうに笑った。

「来る途中に、雑貨屋で見つけたんだよね。似合うかなーと思ってさ」

 思った通りだった、と結人は言うと、私の前髪をちょんとつついた。私はそれがこそばゆくて、つい前髪に触りたくなったけれど、せっかく結人が整えてくれたヘアスタイルを崩してしまうような気がして手を引っ込めた。

「ありがとう」

 照れくさかったけれどそう言ったら、結人はくしゃりと笑った。

「さ!行こうか!デートすんの久々だよな!」
「そうだね。試合まで時間あるよね、どうする?」
「とりあえず何か食わねぇ?腹減っちゃってさ」

 結人とのデートは、いつもこそばゆくてくすぐったい。結人はいつも、つい手を滑らせたみたいに私に触れる。髪を直してくれるとき、Jリーグの試合観戦チケットを手渡してくれるとき。くすぐったくて、いつも笑ってしまいそうになる。結人は一体何をそんなに怖がっているのだろう。
 ほんの少し勇気を出して私に触ってくれたら、この先どうにかなることだってあったかもしれないのに。

 あったかもしれないんだよ、結人。





20161001




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