あいあい傘
俺は雨の日が嫌いだ。なぜかっていうと当然、サッカーができなくなるから。
今日だってこの雨で練習試合が中止になってしまったし、室内での自主練もなんだかやる気が出なくて早めに切り上げた。英士と一馬には不思議そうな顔をされたけれど、とにかくそういう気分だっただけだから言い訳のしようもなかった。
別に早く家に帰りたかったわけでもないし、ましてやサッカーがやりたくなかったわけでもない。ただ何となく今日は体が本調子じゃない。そして、原因はこの雨のせいとしか思えないのだ。体はだるいし、空気はべたつくし、髪だって湿気でへたってしまうし。
知らず知らずのうちにため息が出る。これだから雨は嫌いだ。傘を持つ腕までなんだか億劫になってきて、傘の下から曇り空の空を睨んだ。
と、視線の先にちょうどバス停があって、その屋根の下に誰かが立っているのが見えた。よく見知った顔、
だった。小さな鞄ひとつと骨の折れた傘を持っていて、それだけで
の今の状況が知れた。
これは、もしかしたら不幸中の幸いとか、そんなものかも知れない。
「
ー?」
小走りで近づきながら、手を振って
を呼ぶ。突然名前を呼ばれたことに驚いたのか、
はあからさまに驚いた顔を見せて、視線が合うとふと口元だけを緩ませた。
「あ、結人」
「よ。何してんの? バス待ち?」
傘をたたんで同じ屋根の下に入る。
は一歩横にずれて場所を空けてくれた。
「ううん、雨宿り。傘壊れちゃってさ」
「へぇ。んじゃ、バスで帰んの?」
「この路線、家と反対方向だよ。雨やまないかなぁって、様子見てたの」
が空を仰いでそう言ったから、俺も身を乗り出して同じ空を見た。雲は黒いまま、雨の勢いも変わらない。
「当分やまないだろ」
「だよねぇ」
は小さくため息をついて、左腕にはめていた腕時計に視線を落とした。これから、何か用事があるのかも知れない。
「なんかこれから予定あんの?」
「ううん、別に。結人は? サッカー?」
は俺のスポーツバッグとジャージ姿を見る。
「いや、雨で練習試合中止になっちゃってさ。自主練も途中で切り上げてきた」
「あぁ、だから今日はひとりなんだ」
「今日はってなんだよ」
「だっていつも郭くんと真田くんと一緒にいるじゃない。珍しいなと思ってたから」
「別に年がら年中一緒にいる訳じゃねぇんだけど」
「でもサッカーしに行ってたんでしょ? だったら一緒の方が自然だもん」
その言葉は、根拠はないけれどすごく正しく俺の耳に届いて、反論できなくなる。いつもなら自主練が終わった後三人で飯を食いに行くのが常だったから、違和感を感じていない訳じゃない。というかこんなところで
に会ってしまう事の方がよっぽど不思議なことなのだけれど、もちろん嬉しくない訳じゃない。
「ていうか
は何してたんだよ? 買い物かなんか?」
「いや、ちょっと病院行ってきた」
「病院!? なんで!?」
意外な答えに思わず声が大きくなった。
は苦笑いで「リアクション大きいよ」と言って、鞄の中から小さな白い紙袋を取りだして見せた。
「相変わらず貧血治らなくてさ。薬もらってきたの」
「あぁ、持病?」
「まぁそんなもんかな。ずっとだし」
「ずっとって、いつから?」
「……なんか今日、質問してばっかりだね。結人」
「あ、そう? わりぃな。なんかノリで」
「ううん。別にいいけど」
会話を続けていても、雨はやむ気配を見せない。ずっとここにいるわけにもいかないよなぁと、何となく思って、俺はバッグを肩にかけ直す。今日は英士も一馬もいない。いつも飯を食いに行く仲間がいない。
「なぁ、
。これから暇?」
「うん。なんで?」
「一緒に飯食いにいかね? うまいラーメン屋近くにあるんだ」
「でも私、傘ないし……」
「俺のあるじゃん。入れてくよ」
「……あいあい傘だね」
「あ、いや? あいあい傘」
これで拒否られたらかなりショックだな、と思っていたら、
は少し考えた後にこりと笑って頷いた。
「いいよ。ちょっと寒いしね」
なんだか、その言葉だけで気持ちが舞い上がったような気がした。
雨は降っていても、サッカーができなくても、
に会えたからよしとしよう。
「よし! じゃ、さっさと行こうぜ!」
「いきなりテンション上がったね」
「だって腹減ってるし」
それに、
とふたりきりだし。
20050604(20161001再録)