さみしい子だけが魔法を使える





 翼はよく怒る。

 怒られて仕方がないなと思うこともあるし、怒られて良かったと思うことも悔しいけれどある。でも、そんなことで怒らなくてもと腹の立つことだってある。

「いくら初めて行く場所だからって、その距離をひとりで行けなくてどうするの? 中二にもなってみっともない」

 家族のためのおつかいだった。会ったことのない遠い親戚のおばさんが足を骨折して入院したとかで、仕事の忙しい両親の代わりに私がお見舞いの品を届けに行かなければならなかった。そこは私が一度も行ったことのない街の知らない病院で、電車を二回乗り換えたあとにバスに乗らなければならない。

 電車の切符の買い方がわからないわけでも、バスの乗り方が分からないわけでもない。ただ、一度も会ったことのない人に会うためにひとりで知らない街に出掛けるのが不安だったから、翼についてきてほしいと頼んだだけだ。とても控えめに、無理だったらいいんだけれどという言葉を付け加えて。

「五歳の子どもじゃあるまいし、何を甘えたこと言ってるの? だいたい俺に頼むってどうなの? こっちは毎日部活で忙しくしてて、土日も必死で練習して、そりゃたかが部活かもしれないけど本気でやってるんだよ。それをサボってたかが見舞いに付き合わせるなんて、自分勝手が過ぎるんじゃないの」

 いつもの翼の小言が、この時ばかりは傷口に塗るオキシドールのように沁みた。

 何もそんな風に言わなくたっていいじゃない。そりゃ、中学生にもなってこんなことを頼むなんて子供っぽいって分かってるけれど、ひとりじゃ不安なんだから仕方がないじゃない。そういう性分なんだもの。自分ではどうにもできないんだもの。どうしてこんなふうになっちゃったのか、自分でも分からないんだもの。

 私が涙をこらえて唇を噛みしめたまま黙っていると、翼は真ん丸に目を見開いて大声を出す。

「こんなことで泣くなよ!?」
「……まだ泣いてないっ」

 翼はがしがしと髪をかきあげ、「あーもう!」と唸る。

「そんなに嫌ならいいよ。ひとりで行くから」
「行けんのかよ」
「頑張る」
「迷子になったらどうすんの?」
「地図を持っていく」
「地図読めんの?」
「地図くらい読めるもん」
「本当かよ」
「大丈夫だもん、翼なんかいなくても平気だもん」

 涙がこぼれそうになった顔を隠すためにそっぽを向いた私の肩を、翼の手が掴む。

「悪かったって、言いすぎたよ」
「そんなこと思ってもないくせに」
「お前、俺をそんな人でなしだと思ってんのか? 俺だって反省くらいするんだよ」

 翼が反省? 本当に? と訝しむと、翼は私の両ほっぺをつまんでむにっと引っ張った。

「不細工な顔しやがって」
「翼が冷たいこと言うからじゃない」
「わかったよ、一緒に行ってやるよ」
「いいの? 部活は?」
「午前中で終わる日にすりゃいいだろ。来週の土曜でいいか?」
「どうして急に行く気になったの? さっきまであんなに馬鹿にしてたのに」

 翼はペちりと頬を叩くと、その手で私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「俺がちょっと叱ったくらいで泣いちまうような奴、ひとりにしといたら俺の良心が咎めるんだよ」
「……だったら最初からいいよって言ってくれたらいいのに」
「それじゃお前が成長しないだろ」

 翼のこういう回りくどい言い方をするところが嫌いだ。いちいち私の保護者ぶってもっともらしいことを言って、たったひとつしか歳は違わないのに大人の振りをして、私を上から見下ろして正しい方へ導こうとする態度が嫌い。

 でも、私の涙ひとつでへにゃりと折れてしまうくらいには、年相応に未熟なのだ。
 それとも、中学生にもなって人並みのこともできない私には、翼にだけ効き目のある小さな魔法が使えるのかな。

「ありがとう。付き合ってくれるお礼にお昼ごちそうするね」
「それくらい当然」





20170605



拍手御礼夢、再録。 title by OTOGIUNION