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はその日、自分の選択を後悔した。 「今日、放課後に練習試合あるから見に来てよ!」 と、藤代がいつもの調子で言うので、深く考えずに頷いた。これといった用事もなかったし、サッカーの試合を見るのはとても久しぶりだ。藤代が出る試合となると、中学の最後の公式試合を見たっきりだ。 武蔵森学園高等部に進学して、まだなんとなく慣れない新生活、体に馴染まない制服の堅苦しさを少しだけ忘れたくて、息抜きをしたかったのだと思う。中学時代からよく知っている藤代の顔を見れば、少しは気がまぎれるかと思ったのだ。なのに。 「渋沢先輩! ちゃん来てくれましたよ!」 藤代は練習試合が終わるなり、試合で2得点を挙げたハイテンションそのままに、の腕を引いてチームメイトの輪の中に引っ張っていく。ほとんど知らない顔ばかりの人の中へ連れて行かれて、緊張で吐き気がしそうだったけれど、藤代が心底楽しそうにしているから訴えることもできない。 藤代に呼ばれて、渋沢が爽やかに笑って振り返った。渋沢と話をしていたのは、水野と三上だ。 「あぁ、さん」 「なんだ。来てたのか」 全然気付かなかった、と言いたげに三上は目を細めた。 「……どうも」 「なんだとはなんですか! 三上先輩! ちゃん、せっかく来てくれたのに!」 「うるせぇな、つっかかるなよ」 「三上先輩が冷たい言い方するからじゃないですか。ね? ちゃん」 「え? 私は、別に……」 「藤代、少し落ち着けよ」 大人びた口調でそういう渋沢を尻目に、藤代はの手を握ったまま楽しそうに言った。 「ねぇ、これからどこか遊びに行きません? 」 「何で俺がお前に付き合ってやらなきゃならねぇんだよ」 「いいじゃないですか! カラオケ行きましょうよカラオケ!」 「だから、なんで俺が!?」 藤代と三上がくだらない言い合いをしているのを聞いているだけで、ぐったりしてくる。 そもそも藤代に会って気分転換しようだなんて考えたのが間違いだったのだ。太陽みたいに底なしのエネルギーを蓄えて晴れやかに笑う藤代の隣にいては、心も体もその光にあてられてめまいを起こしてしまいそうだ。 こっそりため息をつきそうになった、その時だった。 「。用意できたら行くから、待っててくれるか?」 「なに、水野? 先約?」 藤代が驚いたように言った。 「まぁな」 水野はいつもどおりのポーカーフェイスでさらりと頷いた。 そういうわけで、水野とふたりで家路についた。家、と言っても二人共寮住まいなので、みんなの前であぁ言ってしまった手前まっすぐに寮戻るというわけにもいかず、行先も決めずにふたり並んでぶらぶらと歩いた。 夕暮れにはまだ早いけれど、少し遅い午後。太陽の光は斜めに差している。公園で子供たちがサッカーをして遊んでいて、道に転がり出てきたサッカーボールを水野が蹴り返すと、大きな声で「ありがとうございます!」と返事をした。 「ありがとう」 水野は藤代の誘いを断りきれない私の気持ちをくんで、助け舟を出してくれたのだ。子供たちのまねをするようにそうお礼を言ったら、水野は涼しい顔で答えた。 「別にいいよ。こっちこそ、約束もしてないのに悪かったな」 「藤代くんとカラオケに行くよりはね」 冗談めかして言ったら、水野は少し呆れながら言った。 「藤代って、いつもあんな調子なのか?」 「まぁ、だいたいね」 「嫌なら嫌って、はっきり言った方がいいぞ」 「ううん、でも、藤代くんも悪気があるわけじゃないんだし」 「が優しいから、藤代もつけ上がるんじゃないか」 「え?」 つい、声が裏返ってしまって、慌てて口元を抑える。けれどそんなことをしてもすでに手遅れで、水野は立ち止まって「どうかした?」と首をかしげた。 頬が熱くて、伝染するみたいに耳まで熱くなる。両手で顔を覆ってみたけれどそれでは全然追いつかなくて、どうしたらいいか分からなくなった。きっと今、泣きそうな顔をしている。 「? 大丈夫?」 「だっ、だいじょうぶ! ごめんなさい、急に……!」 「そうか? 顔真っ赤だぞ?」 水野が心配そうに顔を覗き込んできたので、もう隠し立てできなくなってしまった。 「……私、やさしい、かな?」 「え?」 水野は薄茶色の目をぱちくりさせた。 急にこんなことを言って、困らせてしまっているのが分かる。こんな自分の心模様なんかわざわざ説明しなくたっていいことなのかもしれないし、むしろ迷惑かもしれない。でも、身体中をかけめぐる血潮が騒ぎ立てて、言わなくちゃという気になって、止められなかった。 「……そんなこと言われるの初めてだから、びっくりした」 「そんなことって、優しいって?」 恥ずかしさのあまり、小さく頷き返すことしかできなかった。今までずっと自分のことばかり考えて生きてきたから、誰かに優しいなんて言ってもらえるような人間に自分がなれていただなんて、思いもよらなかった。 「は、やさしいよ」 水野の声が、つむじのあたりに響いてくる。恥ずかしかったけれど、顔を見て話をしたくてどうにか顔をあげたら、水野は穏やかな顔で微笑んでいた。高校1年生とは思えない、少し大人びた笑い方だった。 「俺の言うことなんか、あてになんないかもしれないけどさ。俺が知ってるは、すごくやさしい女の子だと思うよ」 「……そうかな?」 「なんなら、他の連中にも聞いてみる? みんな同じこと言うと思うけど」 「それは、やめて……!」 思わず両手で顔を覆って首を振った。穴があったら入ってしまいたい気分だった。 水野は何が面白いのかからりと笑って、それきり何も言わなかった。 水野と共通の話題は、それほど多くない。だからいつも、会話はあまり弾まない。かと言って気まずいということもない。特別仲がいいわけでないけれど、何も知らない間柄ではない。少し沈黙が続いてしまったとしても困ったりはしない。 たぶん水野は今、恥ずかしさに何も言えずにいる私を、放っておいてくれている。うまく言葉を紡げない私の頭の中が整理されるのをじっと待っていてくれている。 しばらく黙って歩き続けたあと、水野が不意に言った。 「門限までまだ時間あるけど、どっか行きたいところある?」 そう聞かれて思い浮かんだのは、最近クラスメートからきいた噂話だった。 「そういえば、3丁目に、おいしいクレープ屋さんができたって、聞いたかも」 「じゃぁ、行ってみる?」 本当はあまり興味はなかったけれど、せっかくの水野の気遣いを無駄にしたくなくて「うん」と頷いたら、水野は安心したように笑った。 水野は言葉ではなく、行動で優しさを示してくれる人だと思う。水野は優しい。そう、思った。 20141130 |