![]() 久しぶりにまとまった金が手に入ったので、坂田銀時は茶封筒に入った金を握りしめ、とある小料理屋ののれんをくぐった。そこは老夫婦ふたりで切り盛りしている銀時行きつけの店で、カウンター席が八つと、テーブル席が三つしかないこじんまりした店だ。扉を開けると大きな声で出迎えてくれる女将のすがしがしい笑顔が心地良くて、銀時はこの店が好きだった。 「いらっしゃいませ! あら、銀さん」 ところが今日は様子が違った。銀時を出迎えたのは、昔馴染みのよく見知った笑い顔だった。 「……? 何やってんの、お前?」 「ちょっと成り行きでね、お手伝いしてるの。銀さんはお食事? それとも飲みに?」 「いや、飲みに……って、手伝い? 何それ? バイト? お前真選組で家政婦やってんじゃなかったっけ?」 「そっちは今日お休みなのよ」 「ちゃーん! 芋焼酎おかわりちょうだぁい!」 「はぁい! じゃぁ、銀さん。ゆっくりしてってね。あそこの席空いてるから」 は言うだけ言って、別の酔客の相手をしに行ってしまった。状況はさっぱり理解できないが、に座っていろと言われたらそれを拒否して店を出られるわけがない。仕方なく、銀時はが指差した席を見やる。が、その向こう側の席に座っている男の顔を見て思わず回れ右をしそうになった。 「……よぉ。土方くん」 片手を上げて、なんとかそれだけを言ったら、 「……よぉ。万事屋」 おうむ返しに、土方がそう言った。ふたりとも、苦い薬を飲んだような顔をして。 「女将が風邪ひいて寝込んじまったんだと。そこへたまたま客として来てたが、旦那に気に入られてかり出されちまったんだよ」 とは、不本意にも銀時と相席した土方の言い分だった。 「、今日休みだって言ってたんだけど。休みの日にまでなんでバイト詰め込んでんの? 人使い荒いねぇ。さすが鬼の副長さんだ」 「飯食いに来たら急に頼まれたんだよ。それに、やるっつったのはあいつで俺は何も言ってねぇ」 「え? じゃぁ、この席ってホントはの席だったの?」 「そうだよ。ったく、なんでよりによっててめぇと面付き合わせなきゃなんねぇんだ。酒がまずくならぁ」 「そのせりふ、そのままバットで打ち返してやんよ」 二人の視線の先では、が客の注文をとったり、酒を作ったり、酌をしたり、時には店の旦那の料理を手伝ったりと忙しく立ち働いていた。女将のものらしい大きめの割烹着を着ていて、肘の上まで袖をまくりあげ、髪は簡単にひとつにまとめている。酔客の冗談に軽やかに笑い、勧められれば客と乾杯する。その様はまるでずっとここで働いているような風情で、給仕姿がすっかり板についていた。 「っていうか、土方くんは何でとふたりで飯とか来てんの?」 銀時が言う。 「休日をどう過ごそうが俺の勝手だろう」 土方はたばこを吹かしながら答えた。土方はいつもの隊服ではなくくつろいだ着物を着ている。休日というのもあながち嘘でもないらしい。 「へぇ。お互いの休日合わせてデート?」 銀時はいやらしい顔で土方をからかった。 「てめぇに関係ねぇだろ」 土方は額に青筋を浮かせる。 「せっかくのデートなのに飲み屋の手伝いで女取られて? かわいそうな男だねぇぷぷぷっ」 「ぷぷぷっじゃねーよ! さっきっからうるっせーんだよ! 何なんだよお前! ひがんでんじゃねぇよ! どーせお前なんかデートできる女もいねぇくせによ!」 「余計なお世話だ! そもそもなんでがお前と付き合ってんだよ! いつからそんなことになったんだよ! 聞いてねぇんだよ俺は!」 「何でそんなこといちいちお前に報告しなきゃならねんだよ! 年頃の娘を持つ親父かお前は!」 「そりゃ心配するわ! 何が悲しくて真選組なんて物騒なところに大事な娘を嫁にやらなきゃならんのだ!」 「誰が嫁だ! まだもらってねぇよ!」 「ちょっと、お兄さん達。喧嘩するなら外でやってくれよぉ」 隣の席から苦情が飛んできたので、銀時と土方は同時に黙り込んだ。言われたとおり外へ出てそのまま逆方向に歩き去ってしまえばいいのだが、まだが働いている手前そうもいかない。 銀時と土方はしばらくお互いを睨み合った後、ため息をついてお互いに酌をした。 「こうなったらしょうがねぇや。飲もう」 「不本意だが仕方ねぇな。救いは飯がうまいってことだ」 「違いねぇ」 銀時は頬杖を付きながらお猪口を傾けた。テーブルにはが見繕って持ってきたつまみ(枝豆、塩辛、チーズ、刺身、唐揚げ、漬物)が並んでいて、それはどれも二人前だった。取り皿もきちんと二人分ある。これはつまり、ふたりで仲良く楽しみなさい、というの無言のメッセージだろう。 「で、土方くんはいつの間にとそういうことになったの?」 酔っ払った銀時は、勢いに任せて言った。 「しつっけーな。てめぇに話してやる義理なんかねぇっていってんだよ」 土方は吐き捨てるように答えた。酒を飲みながら吸っている煙草のせいで、土方の周りだけ白くもやがかかっているようだった。 「別にいーじゃん、教えてくれたって。減るもんじゃあるまいし」 「いろいろあったんだよ、俺たちにも」 「いろいろって何?」 「お前は本当に根掘り葉掘り聞くんだな」 「とは昔馴染みだって言っただろ。俺としちゃ心配なんだよ。ただでさえ真選組で働いてるってだけで気が気じゃねぇのに」 土方は銀時の言い様に眉をひそめた。 「どういう意味だよ」? 「こう言っちゃなんだが、真選組って人の恨み買うような商売だろ? 実際沖田くんがやった、何だっけ、六角事件だっけ? あれで父親が死んだ娘っこが仇討ちにきたりとかあったじゃん。がそういうことに巻き込まれることだってあるわけだろ?」 「には真選組の任務には関わらせてねぇ。そういうことは徹底してんだよ」 「けど、沖田くんのお姉さんだっけ? 真選組の身内の人間だからっつって悪代官に利用されたこともあったじゃん。それは仕事云々関係なかっただろ」 土方はたばこの煙を吐きながら黙り込んだ。その沈黙はいっそ沈痛で、銀時は酔に任せて口走ってしまったことをほんの少し後悔する。けれど、の将来を思えばそんなことはどうでもよかった。 には、人並みに幸せな結婚をして、子どもを生んで育てて、年老い、大勢の孫に囲まれて死んで欲しい。それ以外でが命を落とすことがあってはならない。銀時にとっては何に変えても守らなければならない大切なものの一つだった。 「これから先、そういうことが全くねぇってことは、俺には言えねぇ。二度あることは三度あるって言うしな」 土方は煙に乗せて呟いた。 「もしそうなったとして、俺ひとりの力でを守れるなんて、そんな大それたことは思っちゃいねぇ。けどな、真選組は俺ひとりで成り立ってんじゃねぇんだ」 「ほぉ」 「俺が何もできなくても、真選組がを守る。俺が死んでも、あいつらがを助ける。それだけは約束してやっから。あんま心配すんな」 存外真剣な土方の言葉を聞いて、銀時は呆気にとられていた。あの土方が臆面もなく守るだの助けるだの言うなんて、いかにのことを真剣に考えているのかが分かる。酒を飲んでいなければ聞くこともなかった話だろう。 「……も、よく馴染んだもんだね」 「馴染んだなんてもんじゃねぇ。隊士全員の胃袋ガッチリ掴んでるぜ。ありゃぁもう影の局長だな」 「へぇ、そう。ふぅん」 「……そっちから聞いといて気のねぇ返事してんじゃねぇよ」 土方は舌打ちをして深く煙を吸い込んだ。 そんなことを話しながら、ふたりぼんやりとの働く様子を見ていると、へべれけに酔った男が、調子に乗っての尻を撫でようと手を伸ばすのが見えた。は男の手を取ってさらりとかわして笑っていたが、土方は音を立てて額に青筋を浮かばせた。 「なんだあの親父……っ。人の女に勝手に手ぇ出しやがって……っ!」 「まぁ、いい尻してっからな、あいつは」 銀時はぐびりと酒を飲んで言った。 「いや、てめぇも何言い出すんだよ、しばくぞおい」 怒り心頭の土方をよそに、銀時は鼻の下を伸ばして言う。 「あいつは胸は小さくて細っこいんだけど腰がしっかりしてんだよな。土方くんもその辺は分かってんでしょ?」 「何がだ。ていうかてめぇが何でそんなこと知ってんだよ?」 「とはガキの頃からの付き合いだって言ってんだろ。いっしょに裸で川遊びしてた仲なんだよ」 「いくつの時の話だよ!」 「ていうか、前から聞きたかったんだけどさ。土方くんはのどこが好きなの? 小さい胸が好きって腹? それとも尻派?」 「どっちでもいいだろうが! てかなんでお前にそんなこと言わなきゃならねぇんだ!」 「いいじゃねぇか。てめぇの女で猥談なんて男のロマンだろ?」 土方は顔を赤くして、たばこを口にくわえたまま黙り込んだ。答えを探しあぐねているのか、銀時はその複雑な横顔を射るように見つめ続けた。 とうとう根負けした土方は、小さな声で呟いた。 「……うなじ」 「……まぢっぽくて気持ち悪いよ」 「てめぇが聞いたんだろうがぁ!」 「何盛り上がってるんですか?」 二人の会話に割って入って来たのはだった。土方は自分で吸ったたばこの煙に咽せ、銀時は酒が気管に入って咳き込んだ。酒のせいですっかり油断していた。噂話の本人が目の前にいたことをふたりとも忘れきっていた。 「お、おぉ、。仕事もういいの?」 銀時がなんとかそう言った。は土方の隣に腰を落ち着けて答えた。 「うん、ひと段落したから。ふたりで何を話してたんですか?」 「いやね、男のロマンについていろいろとな」 「へぇ、そう」 「。お前も飲むか?」 なんとか気持ちを立て直した土方は、の前に猪口を無理矢理差し出した。 「はい。ありがとうございます」 は割烹着を脱いでいて、小紋の着物を着ている。一見すると地味な紺色の着物なのだが、細かく白い花の模様が入っていて、冬の夜に舞う雪のようだった。普段は家事をするのに動きやすい地味な着物ばかり着ているので、こんな華やかな着物は珍しかった。 「随分楽しそうだったな」 土方が言う。は酒に頬を赤らめながら笑った。 「えぇ、とっても。私、こういうお店で給仕とか接客するのすごく好きなんです」 「あぁ、確かにお前向いてるかもな。こういうちっさい料理屋とか似合うよな」 銀時は酒を傾けながらしみじみと言った。が割烹着を着て、カウンター席しかない小さな店で、手料理と酒を振舞ってくれる小料理屋。それを想像するだけ胸の奥が暖かくなるような気がした。 「本当? 本当にそう思う?」 「あぁ、思う思う。本気本気ぃ」 「てめぇはいちいち軽いんだよ」 「あはははっ。銀さんらしい」 土方は口元を歪めて毒づき、は楽しげに笑った。 屈託なく笑うの笑顔が眩しい。その笑顔は、銀時にとって何事にも代えがたい太陽のようだった。この笑顔を守るのが、顔も金も甲斐性もある男で良かったと思う。が幸せになるための条件が、ひとつでも多く満たされていればいい。 「本当に自分のお店を持てたらきっと素敵ね。憧れるちゃう」 「やったらいいじゃねぇか。腕に自信はあんだろ?」 「そうだな。俺が客で来たらサービスしろよ」 「じゃぁ、メニューに土方スペシャルと宇治金時丼入れなくっちゃ。ふたりで一緒に来てくださいね」 「「気が向いたらな」」 銀時と土方は不覚にも声を揃えてしまい、気まずそうに視線を合わせた。それを見て、はまたからからと笑った。 20140908
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