![]() が机に向かって書き物をしている。炊事、洗濯、掃除に追われて立ち働いている姿はいつも見ているけれど、書き物机に向かってまっすぐ背筋を伸ばし、さらさらと筆を動かす姿を見るのはほとんど初めてだ。 縁側に座って後ろ手に手を付いてたばこを吹かしている土方は、の書き物が終わるまで待ちぼうけを食っている。これからふたり買い出しに行く予定のだが、が出したい手紙を書き終わらないのだ。土方を待たせているにもかかわらず、は焦るでもなく、ときおり手を止めて言葉に悩みながら、ゆっくりと手紙を書いていた。 「一体、何をそんなに一生懸命書いてんだ?」 「内緒ですよ。ないしょ」 筆に墨をつけながら、は楽しげに笑った。 「よかったら先に出掛けてください。後から追いかけますから」 「お前が俺の足に追いつけるかよ」 「原田くんが車出してくれますもの。大丈夫です」 「真選組十番隊隊長をあごで使うなっつーの」 土方の言い分に、はくすくす笑っている。何がそんなに面白いのか土方には理解できず、つまらなそうに唇を歪めた。ちょうどたばこが短くなってきたので、指先で潰して新しいものを咥えなおす。ライターで火をつけようとして、思い至ってやめた。 靴を脱いでの部屋に入る。 隊士の部屋とは違って清潔に整えられた部屋だ。ものが少なく、その少ない物らも決まった場所にきちんと収められている。 土方はの横顔を眺められる場所にあぐらをかいて座った。膝に頬杖をついて、火をつけていないたばこを唇で上下に揺らす。は横目でちらりと一瞥を寄こしたが、薄く微笑んだ口元が動くでもなく、その視線はまた机上に戻った。 「もう少しで終わりますから」 の声音は、おやつをねだる小さな子どもに向かって言うような声色だった。または、餌を前にした犬に言う「待て」のような。 もう少しと言われても、あとどの暗い待てばいいのか土方にはさっぱりわからない。暇を持て余した土方は、手遊びに机の上に並んだ本を一冊引き抜いてぱらぱらとめくった。それは使い古された料理本で、いくつかは何度か食卓に並んだことがあるメニューだった。 本を読むふりをしながら、の横顔を眺める。手紙に向かって下ろされた視線、白い頬にまつ毛の影が落ちている。まばたきの度にその影がひらりと揺れて蝶のようだ。の手が、前に落ちた髪をなでて耳に掛ける。耳たぶの柔らかそうなふくらみが見えて、産毛が日の光を浴びてきらりと光った。それはいっそ金粉にでも例えたくなるほど美しくて、土方は思わず手を伸ばした。 「耳引っ張らないでください、土方さん。痛いです」 「そんなに強くしてねぇよ」 「びっくりするんですよ。それに、土方さん力強いんだから」 「手加減してるっつーの」 は筆の先を顎につけて考え込む。しばらくそうして、何事もなかったように手紙の続きを書きはじめたので、土方はの耳から首の大動脈をなぞるように指先を動かした。くすぐったそうに首を仰け反らせては息を漏らすように微笑んだ。 「土方さん。暇なのは分かりますけど、邪魔しないでください」 「だったらさっさと終わらせろよ。こっちはわざわざ時間作ってやってんだから」 「はいはい。もう終わります」 さらり、と筆を滑らせて、はやっと硯に筆をおいた。墨を乾かすのに少し時間がかかったけれど、ぴっちりと封をしてそれを懐にしまう。 「一体誰にそんな長々手紙書いてたんだ?」 「そんなに気になります?」 「別にそんなんじゃねぇけどよ」 「気になるんじゃないですか。素直に言えばいいのに」 土方は言葉を探して黙り込んだ。高すぎるプライドが邪魔をして口をぱくぱくと動かすことしかできない。 はにんまり笑って、首を傾げた。 「教えてあげましょうか?」 もったいぶって、は手紙を大事そうに胸に抱え込む。机の上を軽く片付けて土方をやきもきさせて、それから土方の額にでこぴんした。 「教えませんけどね」 「……なんだよそれ」 土方は額を抑えて苦笑した。は心底楽しそうに笑っている。素早く手を伸ばして手紙を奪おうとしたけれど、あっさりとかわされてしまった。それが悔しかったので、伸ばした手をそのままにの肩を押して壁際に押し付けた。 も意表をつかれて、目を丸くして土方の顔をまじまじと眺めた。 「出掛けないんですか?」 「手紙、見せてくれたら出掛けてやってもいいぞ」 「じゃぁ、見せません」 は、手紙を指先で放った。畳の上を滑って存外遠くへ飛んでいって、風に煽られてさらに遠くに飛んだ。 の手が土方の肩に伸びる。土方はそれに促されるようにたばこを口から離した。火をつけていないたばこを畳の上に放り投げた。手紙と一緒に、部屋の隅まで転がった。 「土方さん」 「なんだ」 「襖、閉めてからにしませんか?」 問答無用で、土方はの口をふさぐ。薄く目を開けると、のまつげが揺れて小さな蝶が踊るように震えていた。働き者の蝶が手のひらの中で羽を休めている。そのひと時は間違いなく自分だけのものだ。その優越感に酔って、そのまま長い真昼の夢がはじまった。 20140811
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