「あ」

がふいに上げた声に振り返ると、片手で目元を抑えてうつむいていた。

「どうした?」

「すいません。目にごみが……」

ここ最近いい天気の日が続いていて、真選組屯所の荒れた庭はからからに乾いている。そこに物干し竿が等間隔に並んでいて、今日は屯所中からかき集めた布団とシーツが干してあった。ときたま強い風が吹いて、シーツが白い波のように踊る。その風に巻き上げられて砂埃が立ったようだ。

「なんだ、ヤワな奴だな」

「ほっといてください」

そう言って、はシーツとシーツの間に隠れた。シーツの下から草履だけが見える。シーツの波間に淡くの影が映った。体の輪郭がくっきりとあらわになると、の腰の細さが浮き彫りになって、土方はまぶしく目を細めた。一面の白い清潔な景色はによく似合う。ちょうどいい風が吹いてきて気持ちが良かった。

土方は部屋の中から救急箱を探してきて、そこから目薬を出してきた。使いきりの一番小さい目薬だ。

のれんのようにシーツをかき分けてを探す。幾重にも重なったシーツの波間で迷子になるようで、目がクラクラした。白いシーツが光を照り返して驚くほど眩しい。風に煽られたシーツがぱたぱたと体を叩いた。

?」

呼ぶ声に返事はない。一度目を離してしまって、の影すら見えなかった。

。どこだ?」

「……こっち来ないでください」

あらぬ方から声がして、土方は踵を返す。喧嘩で鍛えたカンを働かせて、大股で三歩進んで勢いよくシーツを引いた。

「ちょっと、やめてください。シーツしわになっちゃう……!」

はごみの入った右目を真っ赤にして泣いていた。なかなかごみが取れないのか、右目からはらはら涙が散って止まらない。その顔がなんだかとってもみっともなくて、土方は思わず吹き出してしまった。

「笑わないでくださいっ!」

「そんなに泣いてちゃ目薬なんか用なしか」

「いえ、もらいます。ありがとうございます」

は涙を拭いながら目薬を受け取った。くるりと後ろを向いて目薬を指して、こぼれた涙を拭う。涙の気配がなかなか消えないが、どうやらごみはちゃんと落ちたらしい。

「はぁ。やっと取れた」

「目ぇ真っ赤だぞ」

「そのうち落ち着きますよ」

袖口で濡れた頬をぬぐう、その仕草。たすき掛けにした袖から伸びる腕がまっすぐで、太陽の光を浴びて白く眩しい。シンプルにひとつに結った髪。耳の上の後れ毛が小さくはねている。強い日差しのせいか、その生え際にうっすらと汗が光った。

「……私の顔に何かついてますか?」

きょとんと目を丸くしたの目元が、涙の跡に赤く染まっていた。誰も見ていないからいいかなと思って、親指で触れてみた。がびくりと肩を震わせるのが面白くて、少し力を入れてつねってやった。

「痛いっ! 何するんですか!?」

「ぶさいくなツラしてっから」

「やめてくださいよ、もう」

の手が土方の手を払う。その手首を取って動きを封じてみる。驚くほど非力で細いうでは、少し力を込めると折れてしまいそうだ。あいた手で咥えたばこを持って、無理やり腰を引き寄せたらあっけなく腕の中におさまった。の瞳に自分の目が映るのが見えた。

「ち、ちょっと。土方さん? なんですか急に?」

「急って何が?」

「何がじゃなくて! こんなところでやめてください。誰か見てるかもしれないじゃないですか!」

「こんな時間に誰もこんなとこ来ねぇよ」

「わかんないでしょ!? そんなこと!」

「だーいじょうぶだって」

「とにかく!」

ありったけの力を振り絞って土方の腕から逃れたは、素早く土方から距離をとってシーツの影に入る。赤い頬のまま、怒っているのか、それとも怒っているふりなのか、曖昧に戸惑った表情で声高に言った。

「今忙しいんですから! そういうの後にしてください!」

「後ならいいのか?」

「何でもいいから、どっか行っててください!」

言うなり、はシーツをひるがえして足音高く走り去ってしまった。取り残された土方は、手持ち無沙汰にたばこを咥えなおす。シーツの波間に消えたを追おうか迷ったが、次のチャンスもすぐに来るだろうと思ってやめた。今日は一日オフなので、急な出動さえなければ一日中屯所でのんびり過ごせる。

土方は心底楽しげにたばこの煙を泳がせた。もう一度、あの瞳に自分の目が映るところを見たいと思った。













たったひとりを映す瞳









20140728



ちょっと、悪ふざけが過ぎた気がしないでもない。