扉を開けた瞬間、廊下の向こうから白い弾丸が飛んできて、私はなんとかそれを受け止めることに成功した。
「ハロ。久しぶりだね、元気だった?」
ハロは尻尾をぶんぶん振りながら、返事をするようにひと声吠えた。うんと背伸びをしてじゃれてくるのがなんとも言えずいじらしくて、私は三和土に膝をついてハロを抱きしめる。Kate Spadeのバッグが床に落ちて汚れてしまったけれど、こんなにかわいいハロのためなら仕方がない。
ハロは私の顔を冷たい舌でぺろぺろと舐め回した。犬が人の顔や口を舐めるのは愛情表現のひとつだそうだ。飼い主でもない私にこんなに甘えてくれるなんて嬉しすぎて、甘い気持ちで胸がいっぱいになる。
ハロと戯れるのに夢中になっていた私は、透がすぐそばに立っていることにしばらく気づかなかった。
「いつまでそうしてるの?」
透は床に落ちた鞄を拾い上げながら言った。
「ごめん、つい夢中になっちゃった。早く来すぎた?」
「いや、もう大体準備できてるよ」
ハロの興奮がおさまらないので、私はハロを抱き上げて部屋に上がる。
その瞬間、思わず大きな声を上げてしまった。
「わぁ! きれい!」
ダイニングテーブルに素晴らしい景色が広がっていた。白、赤、黄、鮮やかな緑がバスケットの中を埋め尽くして、まるでお花畑のようだ。ポアロでも評判だという透のお手製サンドイッチだ。
「大変だったでしょ? ありがとうね」
「ちょっと作りすぎたよ。食べきれるかな」
「大丈夫、ちゃんとお腹すかせてきたから」
透は軽やかに笑った。
「あとはお茶を淹れるだけだから。もう少し待ってて」
私はハロを抱きかかえたまま部屋に入り、ベランダに出た。青々と茂るシソの葉やプチトマト、そしてセロリのプランターが並んでいて、雲ひとつない快晴の空に向かって葉を伸ばしている。絶好のピクニック日和だ。
今日のデートは私からのリクエストだ。透と会うとき、いつもハロが置いてきぼりになるのが気になる、という話をしたのがきっかけで、ハロも一緒に楽しめるデートをしたい提案したのだ。透は「友人に世話を頼んでいるから大丈夫」と言ってくれたけれど、透のことを世界で一番愛しているハロから透を奪ってひとり占めしてしまうのは良心が咎めるのだ。
そう言ったら透は、
「そんなこと言って、本当はハロに会いたいだけだろ?」
と、見透かしたように笑った。まぁ、半分は図星だ。
そんな話をしていた矢先に、透がドッグランがあるサービスエリアを見つけてくれ、ドライブがてら2人と1匹でのデートということになった。サンドイッチのお弁当を作って欲しいとお願いしたのは私だ。予想以上のできばえで、出発する前からお昼が待ち遠しくてしょうがない。
「お待たせ、用意できたよ!」
キッチンから透が呼んでいる。窓を閉めて部屋に戻ると、ハロは私の腕から飛び降りて透の元に走って行った。
ダイニングテーブルにはサンドイッチのバスケットといろいろな荷物が用意してある。ドッグフードやエチケット袋に手袋。透はそれらを全て手際よくリュックに詰め込んで、リュックのファスナーを閉めた。
「もう出られるの?」
「大丈夫だよ」
透はハロを玄関に呼ぶと、首輪にリードをつけて最後の支度をした。私は鞄を肩にかけ直して、バスケットを持ち上げようとする。
ところが、透は手を伸ばしてそれをさえぎった。
「ちょっと待って」
「何? これくらい私が持つよ」
「そうじゃなくて、先にすることがあるだろ」
「え? 何?」
と、何のまえふりもなく透は私を抱きしめた。まるで、私がハロをぎゅっと抱きかかえたように。
「……もしかして、ハロにやきもちやいたの?」
「おかしい?」
「おかしいよ、だって相手は犬だよ」
「でもあいつは雄だろ」
何でもスマートにこなす透がまさか犬に嫉妬するだなんて意外過ぎて、私は思わず、透の髪をくしゃくしゃに撫で回した。透にもこんなにかわいい一面があっただなんて、それを知れただけでも今日のデートの意味はあったというものだ。
芯が強くてさらさらの金髪は、思い切りかき乱してもあっという間に元に戻るから遠慮はしない。透が我慢できずに笑い出すまでそうしてあげたら、透はやっと腕の力を緩めてくれた。
「他にもまだあるでしょ?」
「何?」
透は赤い舌を見せると、ハロが私の口を舐めたようにキスをした。思わず体をのけ反らせるけれど、透は私の顎を捕えて逃がさなかった。息が切れるまでそうした後、透は満足げににんまりと笑った。
「ごちそうさま」
20201227