こんな気持ちを粛清したい






 夜。ダイニングテーブルで向き合った私達は、缶ビールといちごのショートケーキを間に挟んで睨み合っている。

「どうして昨日は早く帰ってきてくれなかったの?」

 私がむっつり不機嫌に問い掛けると、繋心は居心地悪そうに缶ビールのプルタブを引く。

「悪かったって。けどしゃーねーだろ、急な用事が入っちまったんだから」
「ずっと前から約束してたことじゃない」

 私はわざとフォークを垂直に突き立てて、ショートケーキのお城をざくりと真っ二つにする。一口には大きすぎるそれを無理矢理口に押し込んで、繋心の答えを待つ。

「うちの生徒が部活で揉め事おこしたら俺が行くしかねぇじゃねぇか」
「繋心はコーチでしょ。顧問は何やってるのよ」
「先生は忙しい仕事なんだからあんまり頼るのも悪いだろ」
「繋心は私との約束より生徒の方が大事なんだ」
「んなこと言ってねぇだろ。悪かったと思ってっからこうやって穴埋めしに来てんだろ」
「コンビニのケーキと缶ビールでねぇ」

 繋心はぐっと言葉に詰まる。
 昨日、私が朝から仕込んで用意した手料理と手作りケーキに比べたら月とすっぽんだといくらにぶい繋心にも分からないはずはない。

「楽しみにしてたんだよ?だって、初めてふたりで祝う誕生日だったのにさ」
「だから、本当に悪かったって」
「料理もケーキも美味しくできたのにさ」
「……うん」
「待っても待っても、誰かさんは全然帰ってこないし、電話も出ないしメールも返さないし」
「……」

 ショートケーキのいちごを皿の上に転がした私の前で、繋心はみるみる小さくなっていく。
 気まずくうなだれた繋心は、ちびりとビールを口に含むとこの世で一番苦くてまずいものを飲んでしまったような顔をした。眉間の深い三本の皺を、私はじっと睨みつける。

「せっかくの、誕生日だったのに」

 私は安い缶ビールとコンビニのちゃちなショートケーキを見下ろして、昨日の夜、このダイニングテーブルを彩っていた豪華な夕食を思い出す。

 繋心と過ごす夜のために用意したディナーだった。
 綺麗に焼けた、コンビニスイーツなんか目じゃないケーキだった。
 繋心の帰りを待つ間にすっかり冷え切ったごちそう。
 涙と一緒に私だけの胃袋に落ちてしまったごちそう。

 真夜中、さすがに気持ち悪くなって全部吐いてしまい、無残な姿でトイレに流されてしまったごちそう。
 それは全部、繋心のためのものだった。

 繋心がお詫びに買ってきたショートケーキはくどいほどに甘くて、なんだかバカにされているような気持ちになる。バカみたいだって分かっているけれど、涙が勝手に溢れ出てきてしまう。

「そんな、泣くほどのことじゃねぇだろ」
「そんなの繋心が決めることじゃないでしょ」

 涙声で訴えると、繋心は八方塞がりになったような顔をしてため息をついた。

「祝ってくれようって気持ちは嬉しいよ。けどな、そんなことでお前にいちいち躍起になってほしくねぇよ」
「どういうこと?」
「誕生日なんて大した意味ねぇってこと」

 だからそんなに落ち込むなよなと、繋心は呆れた声で言って私の頭をがしがし撫でた。

悔しかった。

 どうしてそんな寂しいこと言うのって、怒鳴り散らしたかった。
 どうしてそんなにないがしろにするの。
 私にとっては、世界で一番大切な日だったのに。
 絶対に完璧な一日にしたかったのに。
 ふたりで仲良く美味しいご飯を食べて、美味しいお酒とケーキでお祝いしたかったのに。
 どうして分かってくれないの。

 あなたの誕生日に一番そばにいたかった、私のこのどうしようもない気持ちを。

「……繋心の馬鹿」
「悪かったって。今度うまいもんでも食いに行こうな」

 そんな言い方されたら私がものすごく食い意地の張ったいやな女みたいじゃない。
 でもいいや、もう。だって相手はあの烏養繋心なんだもの。

 昨日食べたものを全部吐いたせいで、ショートケーキは調子の悪い胃にはくどく重すぎるし、真夜中のスイーツは美容の大敵だけど、それでも仲直りの印に全部たいらげてあげよう。

 私は苦いビールを飲み干す直前の繋心の口に、転がしておいたいちごを無理矢理押し込んでみた。

 繋心は不意のことに抵抗できずにそれを飲み込んだ。

 ビールといちごの食べ合わせは最悪だったらしく、口を押さえてうつむいたまま、繋心はしばらく動かなかった。

 他でもない自分自身の誕生日をないがしろにするからいけないのよ。
 いやな味と格闘する繋心を見て、私はやっと満足した。

 こんな方法で無茶な仲直りをするんじゃなくて、いつかはもっと広く大きな心で繋心の嫌なところに目をつぶることのできる大人の女性にならなくちゃと思う。




Happy Birthday!!! 2017.4.5





20170605



拍手御礼夢、再録。 title by OTOGIUNION