はじまり イン ザ ダーク





 
 天童覚の猫背が嫌い。

 天童は私の前の席で、ちょうど私の目の前にその丸い背中はある。朝から午後まで、授業中ずっと目の前で丸い背中。

 長年農家をやっているおじいちゃんは、毎年五月に田植えをするポーズのまま固まってしまったような丸い背中をしているけれど、天童の背中もそんな風に丸い。

「おうちが田んぼを持ってるの?」

 と、つい聞いてしまったことがあって、天童は動物のように尖った目で

「いや、別に?」

 と、とぼけた。

 聞いてしまったことを、今はちょっと後悔している。それから天童はよく後ろを振り返って私に話しかけるようになってしまった。
 
 天童の私に方を振り返るといつもびっくりする。だって天童は、ぐずった子どもが親の腕の中で背中を仰け反らせるようにしてこっちを見るのだ。子どもがやるならまだかわいげがあるけれど、天童は身長が190cm近くもあるし、ワックスで短い髪を立てているからそれよりもっと大きく見える。赤みがかった強そうな髪。なんだか動物のごわごわした毛皮みたい。そんなものが急に大げさな動作で上体を仰け反らせてきたらそりゃ驚く。思わず「ひっ」と声を上げてしまう私の気持ちを分かってほしい。

 授業中に変な声を出して恥ずかしくて顔を赤くしている私を覗き込んで、

「どうした? 具合でも悪いの?」

 とか、普通に心配している声で聞かないで欲しい。優しくされたら、あんたのせいだって言いにくい。
 
 あんまり丸い天童の背中は、真ん丸すぎて時々天童の頭が見えない。お月さまが山の向こうに沈んでしまったみたいに、本当にまったく見えなくなってしまう。それを見て、いつだったかテレビで見た、箱の中に入った人の首が体から離れて箱の上をするりと滑ったマジックを思い出す。

 天童の首が、猫背の向こうに落ちちゃったみたい。

 そう思ったとき、また天童が背中を仰け反らせてこっちを見た。椅子から飛び上がらんばかりに驚いて、手の中から消しゴムも踊りだしてしまう。

 床に転がった消しゴムを、天童が拾ってくれた。

「はい、どうぞ」
「……ありがとう」
「ねぇ、なんでいつも俺のこと見てんの?」

 天童はほとんど直角に首を傾げて私の顔を覗き込む。
 ぎょろりとした目に見つめられて、私の呼吸は止まった。

 天童覚の猫背が嫌い。

 落とした消しゴムを拾ってくれる優しい天童を、どうして猫背のせいで嫌いにならなくちゃならないの。




20170605



拍手御礼夢、再録。 title by OTOGIUNION