いつもの朝
の朝は早い。
起きてすぐ、パジャマを着替えてベッドからシーツをはがす。脱いだパジャマをシーツごと丸めて洗濯機に放り込んで、スイッチオン。顔を洗って、乱暴に髪を結う。
リビングのカーテンを開けて窓を開けたら、すぐに台所に立つ。まずはやかんにいっぱいお湯を沸かし、タイマーをセットしておいて炊き上がったご飯をお弁当箱に移して冷ます。卵をボールに割り入れて菜箸でほぐし、白だし少々と小口切りにした万能ねぎを少し混ぜいれて、卵焼き器を温める。まんべんなく油を敷いて、だし巻きを作る。きれいに巻くのに少しコツがいるけれど、慣れてしまえば手軽に作れるお弁当の定番メニューだ。それから、同じフライパンで夜のうちに仕込んでおいたミニハンバーグのたねを焼いて、付け合せのブロッコリーは電子レンジを使って蒸す。常備菜のきんぴらごぼうと、作り置きしてあったきゅうりとプチトマトのピクルスをひとくちサイズに切って盛り付ける。デザートのりんごは、皮をむいたあと変色を防ぐためにレモン汁を少しかけておく。
お弁当箱におかずを詰めて冷ましている間に、朝食用に昨日の夜から仕込んでおいた魚を焼く。お味噌汁の具は簡単にお豆腐とわかめで、お父さんが出張のお土産に買ってきたお漬物を小鉢に盛り付ける。
これで、朝のひと仕事が完了。
ひとりで朝食を食べ、すっかり身支度を整えた頃、
の母が寝室から起きだしてきた。
「おはよう、
」
「おはよう、お母さん」
の母はキャリアウーマンで、いつもは昼近くまで眠って午後から仕事に行き、夜中まで帰ってこない、というのが通常のルーティンなので、今日は随分と早起きだ。
「今日は早いんだね」
「うぅん、なんか目ぇ覚めちゃったんだよね」
「コーヒー入れる?」
「ありがと」
インスタントコーヒーをお湯で溶かしている間に、母は観葉植物に水をやる。大切に育てているガジュマルの木。うねうねとした太い幹とつやつやした肉厚の葉がリビングのシンボルになっている。
「
。今日のお弁当、それ?」
母はじょうろを傾けながら言った。
「そうだよ。今日は、お母さんが好きなトマトのピクルスも入れたよ」
「あら、それは楽しみ。けどそうじゃなくて、お父さん出張でいないわよね? ひとつ多くない?」
「あぁ、これ?」
母は、カウンターキッチンに3つ並んだお弁当箱を指差した。私のお弁当箱は赤いチェック模様。母の分は、昔ながらのわっぱ型。そして、アルミ製の大きな四角のお弁当箱は父のものだ。
「これは、元希の分だよ。お父さんのお弁当箱、借りちゃった」
「元希くんの?」
「昨日から、おばさんが風邪引いて寝込んでるんだって。だから、私が代わりにお弁当作ってあげることにしたの」
「あら、そうなんだ。後でメールしておこうかな」
母と元希のお母さんであるところのおばさんは、とても仲がいい。
と元希が生まれる前からの付き合いらしく、おかげで
と元希はこうして幼馴染でいられる訳だ。
「私そろそろ出るから。朝ごはんちゃんと食べてね。この間食べないで出たでしょ? 洗濯機も回してるから、干しといてね」
「分かった分かった。早くしないと遅刻するよー」
母は後ろ手にひらひらと手を振った。見送る気があるのかどうなのか、母のこういうざっくばらんな態度を、
はどう扱ったらいいのかいまだに計りかねている。
「じゃぁ、いってきます」
「いってらっしゃーい」
母の声に送られて、
は学生鞄とお弁当箱二つを持って家を出た。今日は野球部の朝練は休みらしいので、元希とマンションの玄関で待ち合わせをしている。元希はきっと時間より遅れてくるだろう。
はマンションのエントランスの隅で、手鏡で前髪の具合をチェックしたり、スカートのひだを整えたりして時間を潰した。こういう時間は、少しそわそわして落ち着かない。
それから5分ほどして、エレベーターから元希が現れた。
「おはよう」
「おう」
元希は寝起きで機嫌が悪いのか、眠そうに目を細めて大きなあくびをした。
「眠そうだね」
「あぁ」
元希並んでマンションから出ると、元希は私と歩調を合わせてゆっくり歩いてくれた。いつもは自転車通学だけれど、行きは引いていくらしい。元希の右側に自転車、左側に
が並ぶ。
「いつもは朝練でもっと早いんでしょ? ゆっくり寝られたんじゃないの?」
「ねーちゃんがお袋の面倒見るってうるっさくてさ。もう全然寝てらんねぇの」
「おばさん、そんなに具合悪いの? 大丈夫?」
「いや、ねーちゃん料理とか苦手だからさ。今朝見たら台所がすごいことになってた」
「あぁ、確かにナオちゃんならやりそう」
「おかげで朝飯トーストとバナナしか食えなかったよ」
元希は背中を丸めて思いため息をついた。大きな体の元希のため息はびっくりするくらい大きい。動物園で見たライオンの大きなあくびを連想してしまって、
は思わずにんまりと笑ってしまう。
「何笑ってんの?」
「ううん、別になんでも。あ、これ約束してたお弁当」
紙袋に入れた弁当箱を差し出すと、元希は眠そうな目を丸くした。
「まじで? ホントに作ったの?」
「自分のと、お母さんのも作ってるから。ついでだよ」
「もしかして毎朝作ってんの?」
「うん。そうだよ」
「へぇ、すげぇなぁ。さんきゅ」
紙袋の中を覗き込みながら、元希は感心したようにしきりに「すげぇなぁ」と言う。そんな風に元希に喜んでもらえるとは思っていなかったので、
は嬉しいのと同時に少し恥ずかしくなった。
元希のためにお菓子を作ったり、夕食を作ってごちそうしたことはあるけれど、お弁当を作るのは初めてだ。お菓子や夕食は、目の前で食べるところを見られるけれど、お弁当はお昼の時間が来るまで時間があるし、昼休みはそれぞれ別に過ごしているから、家に帰ってくるまで感想はおあずけだ。
はその日、元希とお弁当のことが気になって落ち着かない1日を過ごした。自分の手で作った食べ物が、元希の口に入って、その日を過ごす活力になる。たかがお弁当ひとつだけれど、されどお弁当ひとつだ。元希が野球をするための、小さな力になったらいい。そう祈るような気持ちで思った。
20140825
この後、ヒロインは毎日元希のお弁当を作るのが習慣になります。