しあわせのレシピ
オムライスの作り方はとても簡単。
みじん切りにした玉ねぎとハムをフライパンで炒めて、そこにご飯を茶碗2杯分入れてさらに炒める。
全体に火がとおったら、塩コショウとケチャップで味つけして、お皿に盛り付ける。同じフライパンで
卵を好みの硬さに焼き上げたら、ケチャップライスの上に盛り付けて、完成。上にかけるケチャップは、
食べる人の好みでお好きなように。
ちなみに私は薄味が好みなので、何も書かない。元希は、お店で出されるような完璧なみばえのものしか
食べないので、バランスよく、じぐざぐにケチャップのラインを引く。子どもの頃は、これにようじと紙
で作ったお手製の国旗がついてたっけ。
「お、うまそ」
カウンターキッチンの向こうから体を乗り出してきた元希が、付け合せのポテトサラダに手を伸ばして
くるので、私は思わずその手の甲をぺちりと叩いた。
「だめ。つまみ食い禁止」
「腹減ってんだよ」
「もうすぐできるからちょっと待ってよ」
元希はくやしそうにちぇっと舌打ちをしながら、「おふくろみたいなこというなよなぁ」とごちた。
今日は元希のお母さんもお父さんも、同窓会やら仕事のお付き合いやらで留守らしく、
姉のナオちゃんは大学の合コンだそうで、それなら夕食を一緒にどうかということになった。
元希と私は幼馴染で、今では恋人同士でもあるので、これはちょっとしたイベントだ。いや、ちょっとじゃない。
2人っきりの夕食、夜、邪魔の入る心配のない、永遠にも近い時間。しかも、恋人に手料理を振舞う一大イベントだ。
と、思って気合を入れて元希の好物を作ってみたのに、
「なぁ、まだかよ?」
元希はのんきにお腹の虫を鳴らしている。恋人同士が2人っきりなのにムードもなにもあったものじゃなくて、私は
キッチンでため息を押し殺した。
「そんなにお腹すいてるなら手伝ってよ。これ運んで」
おー、分かったと、元希は意外と素直に席を立つと、カウンターに用意しておいたカラトリーとサラダ、ドレッシング
とミネラルウォーターを注いだコップを2つ、コンソメスープをダイニングテーブルにセッティングしてくれた。
私がメインのオムライスを運んでから、お皿の位置を少し直す。それを眺めている元希は、まるで飼い主に「待て」と
言われた子犬のでようで、私は思わず苦笑しながら言った。
「どうぞ、めしあがれ」
「いただきますっ」
ぱんっと小気味よく音を鳴らして両手を合わせるあたりは、さすがあのおばさんのしつけだ。私の親は放任主義だったので、こういう礼儀的なものは、実は私もおばさんに教えてもらったところが多い。
元希とおそろいの仕草で、私も同じように「いただきます」と手を合わせた。
「あーもう、ちょー腹減った。死ぬかと思った」
「大げさだなぁ」
「だって、飯なんか待ったことねぇもん。お預けくらってる犬の気分だったっつーの」
立場は違えど、同じ動物を連想していたことが嬉しくて、思わず吹き出してしまう。元希は面白くなさそうに
睨みをきかせたけれど、子どもの頃から慣れ親しんだ睨みなので怖くもなんともない。
「何がおかしんだよ?」
「いや、別に。何でもないけど」
「なんだよ、言えって」
「だからなんでもないって」
元希はきっと、家では一家の中心にいて、おばさんもおじさんもナオちゃんも元希を中心に生活しているんだろう。
食事の時間を待つなんて、家ではしたことがなかったのだ。
笑いを噛み殺しながらそんな押し問答をするのが、なんだか無性に楽しかった。
なんだかんだ言いながら、元希の食事姿は綺麗だ。背筋は真っ直ぐに伸びていて、スプーンを持つ手が綺麗だ。
きっと箸を持ったらもっと綺麗だろう。話をするとき、相手の目を真っ直ぐ射抜くように見つめるのもとても綺麗。
「ん、これうまい」
と、元希はなんの脈絡もなく呟いた。
「どれ?」
「これ、スープに入ってる、ウィンナーみたいな」
「あ、それドイツソーセージ。お土産でもらったの」
お土産というのは本当だけれど、ビールのおつまみにしたらきっと美味しいと言ってお母さんが、大事にとって
おいたものだ。ピリリとスパイスの効いた風味はきっと元希の好みだろうと思って、勝手に封を切ってしまった。
後でお母さんの雷が降ってくるだろうけれど、元希のためならばそれも甘んじて受けよう。
「お前って、いっつもこんな飯食ってんの?」
「自分ひとりじゃ、こんなにちゃんとしたのは作んないよ」
「1人?」
元希はきょとんと目を丸くした。もともと大きな瞳が私の顔を映しているのが見えて、どきりと胸が高鳴る。
元希が何に驚いているのか分からない。
「うん。うち、共働きだから。大抵は」
「毎日1人で食ってんの? まじで?」
よほど驚いたのか、あんなにがつがつと飲み込むように食事をしていたのに元希は食事の手を止めている。
1人の食事は、そんなに珍しいことだろうか。専業主婦のおばさんがいる元希にとっては、そんなに信じがたいこと
なのだろうか。
「……まぁ、そうだね。1人だね」
元希の言葉を繰り返す私を、元希はじっと見つめて視線をそらさない。
その真っ直ぐな視線に私の方が耐えられなくなって、つい俯いてしまう
何秒後か、何分後か、どのくらい時間が経ったか分からないけれど、唐突に元希が言った。
「んじゃ、また食いに来るよ」
「は?」
「だって1人じゃ寂しいだろ。お前」
今度は私が目を丸くする番だった。
今日は、元希と2人っきりで過ごせる、一夜限りの大イベントだと思っていた。料理にも気合が入ったし、いつもなら
上下スウェットの部屋着も、今日だけはおしゃれしてお気に入の花柄のスカートを履いた。少しでも恋人らしく
過ごしたくて、期待して部屋の掃除も観葉植物の世話も、いつもより念入りにした。帰宅してからのほんの2時間足らず
の時間がどれほど嬉しく楽しかったことか、言葉では言い表せない。
「また、来てくれるの?」
「だから来るって言ってんじゃん」
「本当に?」
「なんで疑うんだよ」
来るよ、と、念を押すように、じっと私を見つめて元希はそう言った。まるで、誕生日でもクリスマスでもないのに
特別なプレゼントをもらったような気分だ。私は止められず、溢れるように思い切り笑った。
「ありがとう」
元希は頬を赤らめて、初めて私から視線をそらした。その顔が可愛くて声を出して笑ったら、元希は恥ずかしそう
に、「笑うなっ」と怒鳴った。
20140701
参考:「料理の絵本 完全版」(石井好子文・水森亜土絵)