「あれ。何か久しぶり?」

「おう」

久しぶりに会ってそれだけか! という突っ込みはしなかった。だって本当に久しぶりで、顔が見られて本当に嬉しかったのだ。

隆也は部活帰りらしくて、大きなエナメルのバッグを持って自転車を押して歩いていた。夜に真っ白な開襟シャツが明るい。今は夜の9時半を過ぎた頃だろうか。街灯の灯りに蛾がたかっていた。

「お前も今帰り?」

「うん、塾。そっちは部活?」

「まぁな」

隆也と私の家は近い。斜めのお向かいさんだ。幼馴染と言えば聞こえはいいけれど、私は中学から私立に通っていて、小学校でも同じクラスになったことはなかった。だから一緒にいた時間は案外短い。ちょっと仲のいい同級生、っていう感じ。

「野球部、どんな感じなの? 面白い?」

「まぁな。今年硬式になったばっかりで、部員一年しかいないんだけどさ」

「へぇ。上下関係なくて楽そう」

「まぁな。10人しかいないけど」

「へぇ。野球って9人でやるんでしょ? ぎりぎりじゃん」

「何とかなってるよ」

「ふぅん」

「そっちは? 中高一貫なんだろ? 受験なくて楽?」

「その分やること多いよ。親もはりきちゃってさ、塾も無理矢理行かされてるみたいなもんだしね」

「そりゃ、楽しそうだな」

「勉強が楽しいわけないじゃん! 何言っての!」

少しむきになって言ってみたら、隆也は意地悪く笑って「冗談だよ」と軽く手を振った。いつもながら思うけれど、どうしてこの人はこんなに笑顔が似合わないのだろう。自転車が少しだけ傾いだ。

「そんな怒鳴ることないじゃん」

「隆也のせいでしょうが」

「悪かったって」

こんなに遅い時間まで部活をしていたというならきっと疲れているだろうに、隆也はそんな素振りも見せない。そういうものかなぁと思うけれど、どうなんだろう。久しぶりに会えた時にこう元気に接してくれるのは嬉しいけれど、もしも無理をさせているなら少し悪い気がする。どうなんだろう。顔色からは何も伺えない。

「部活って休みどれくらいあるの?」

「ないよ。夏大前だもん」

「えっ、ホントに? 大変だね」

「別に。初戦で去年の優勝校と当たるからさ、それくらいやるの当然なんだよ」

「へっえー、なるほどねぇ。想像できなぁい。すごいねぇ」

隆也は何でもないみたいに、簡単に言う。私は野球の事なんかほとんど分からないから、初戦から優勝校と当たる、とか、具体的なことを言われても、その大変さがまだいまいちぴんと来ない。

けれど、隆也、無理をしていない? 今までできっと一番練習しているんだろうし、学校だってあるし、いくら公立とはいえ高校生になったばかりで、慣れないこともあるだろうし、きっと疲れているくせに。無理とかしちゃって。

「そんなら、見にくれば?」

「え?」

思いがけない提案に、思わず目を見張ってしまう。本当に、予想していなかった。今までそんな事、言われたことがなかった。言わなかったくせに。

「いいの?」

「いいよ。来れば?」

「ホントに?」

「何でそんな事聞き返すんだよ? 訳分かんねぇな」

「だって、今まで誘ってくれたことなかったじゃない。突然びっくりする」

「中学の時は全然会わなかったからだろ。用事あるんなら無理しなくてもいいけど」

「ううん、大丈夫! 行く行く!」

「そっか。ちゃんと応援しろよ」

「うん、するする。頑張ってね」

「おう」

そうして、隆也はまた下手くそに笑った。本当、下手くそだなぁ。昔からずっと変わらない、そしてこれからもずっと下手くそなままなんだろう。

けれどこんなに遅い時間まで練習をして、きっと疲れきっているのに、それでも笑顔を向けてくれるのは嬉しい。例え無理をしてくれているのだとしても、久しぶりに会えたから、話せたから嬉しい。
せっかく斜めのお向かいさんで、幼馴染なんだから。せっかく塾の帰りにばったり会えて、話ができたりしたんだから。それだけでいい。結局何を考えたって、心配したって、それは隆也の役になんか立たない。今は話ができるだけで楽しい。

なんだろう、これ。まるで隆也の事を好きみたい。好きになっちゃったみたい。



20080718