土方さんは二枚目だ。けれど、一応と付け加えておく。彼の唯一の欠点は、有り余る魅力をすべて裏切ってしまえるほどの威力があるからだ。そんなものをひっくるめて彼そのものを、その存在すべてを愛せる人間なんて、私しかいないと思っていた。そうでなければならなかった。

私は彼女が羨ましくてたまらない。悔しくて悔しくて、とても情けない気持になってしまう。これしきのことでこんなに消沈してしまう自分がとても腹立たしかった。



今まさに三途の川を渡ろうとお花畑の合間をさ迷っているミツバは、小さな医療用ベッドの上で薄く瞼を持ち上げた。沖田くんや近藤さんをはじめ、真選組の隊員はひとりもそばにいない。いるのは医者と看護婦と、おそらくとても冷ややかな顔をしているだろう、私だけだった。

ミツバの瞳が、私の目を真っ直ぐに射ている。何か言わなければと思って、精一杯力を振り絞って細い息を喉の奥から絞りだした。

「みんな、仕事で出てます。……ごめんなさい、私なんかがいて」

ミツバは小さく瞬きをすることで、笑顔のような表情を作ってみせた。

「……謝ることないのに」

「……他に何を言えばいいか分からないわ」

嘘はついていなかった。今に限らず、初めて会った時からミツバとは何を話せばいいのか分からなかった。
真選組が形になる以前の話を進んで聞こうとは思えなかったし、かと言って今現在の彼等のことは日々新聞やら週刊誌やらで報じられていることが全てなので話す必要性も感じない。こうなればお互いの共通の話題は一人の人物に集中してしまうのだけれど、それを自分から切り出すのは負けたようでしゃくだった。

「……さんとは、もっとちゃんと話したかった」

「何を?」

「いろんなことを。……そーちゃんのこととか、十四郎さんのこととか」

見透かしたように、ミツバはそう言った。ずるいと思った。

どうしてミツバはこんなに綺麗なんだろう。私なんかと比べたら月とスッポンだ。もしくは良薬と毒物かもしれない。自分で言っていてむなしくなる。

「みんなを、よろしくね。……本当にいい人達だから」

「えぇ、知ってるわ」

ミツバは何か言いたげに黙りこんで、じっと私を見ていた。私も負けないように力を込めてミツバを見ていた。

「……さんは、十四郎さんのことが好きなのよね?」

「前に答えた通りよ」

「……どうか、大切にしてあげてね。あの人ああ見えて少し、気にしすぎるところがあるから」

ミツバはそう言いながらずっと微笑んでいた。愛した人をどこの馬の骨とも分からない女に託すなんて大事をやってのけながら。
私はいらいらが頂点に達して、つい声を荒げてしまった。

「どうしてそんなこと言うの?」

「……どうしてって?」

「あなただって土方さんのこと大切なくせに、どうしてそんなに簡単に私なんか認めるの?」

本当は、こんなことを言いたくはなかった。私が苛立っているのは、ミツバより私が何事にも劣っていて、そのミツバが私より先にいなくなってしまうからだ。ミツバの代わりのように思われることが我慢できなかった。こんなに綺麗なミツバとは比べてほしくなかった。

「……だって、十四郎さんがあなたを好きなんだもの。仕方がないわ」

「でも、死んだ人ほど心の中で美しいっていうじゃない」

人道的でなく酷いことを言いながら、罪悪感は微塵も感じていなかった。ミツバが笑顔を消すことは、きっと二度とないだろうという根拠のない確信があったから。

「私はあなたに敵わないわ」

ミツバの微笑んだ口元は薄く開いていて、微かな息が漏れている音が、すー、すー、と耳に届いていた。この人はもうすぐ死んでしまう。
人が死に逝く様は今まで何度も見てきた。けれどこんな気持ちは初めてだ。悔しくてたまらない。きっと、土方さんを本当の意味で幸せにできるのはこの人しかいないのだ。それが分かってしまうことが何よりも悔しい。努力をすることさえ無意味だ。私はミツバにはなれず、としてしか、土方の側にはいられない。

「……さんは、十四郎さんのこと名前で呼ばないの?」

ミツバの声に、胸が抉られた。そのことが、私とミツバの最大の差だった。とても冷静ではいられなくなって、目頭がじんわりと熱くなった。

首を横に振って俯いたら、ミツバの冷たい手が私の頬に静かに触れた。

「……十四郎さんのこと、幸せにしてあげてね。そうしてあなたも、幸せでいてね」

熟れすぎた果実が水分を抱えきれずに腐っていく時、どろりとした液体を体の外にこぼす。まるでその液体みたいな、熱い涙が出た。私の毒気が腐りきって体から流れていった。

ミツバは綺麗すぎる。いままさに黄泉路を逝こうとしながら、後に残していくものの幸せを願って、綺麗な思い出ばかり残していく。そんな生き方はずるい。食べていくためだけになりふり構わず生きてきた私はミツバを羨むしか選択肢が残っていない。

そんな人から彼を託されて、幸せにせずに一体どうしろというのだろう。



20070831