* 性転換篇の土方Ⅹ子さんとの百合(R18)です。苦手な方はUターンしてください。ただし、後半は男×女に戻ります。












 ふっくらと白い頬、つぶらな瞳、丸い線を描く肩、そして小ぶりの西瓜ほどもある巨大な胸のふくらみ。

 鏡に映る自分の姿を見て、土方はうんざりとため息を吐いた。

 デコボッコ教の信徒が放ったウィルスを浴びてから、土方はいつも不機嫌だった。女になってしまったこと、そして、豚と罵られるほど丸々太った体は、土方にとっては耐え難い屈辱だ。

 背が縮んだせいで高いところに手が届かない。腕が短くなったせいで、刀の扱いが変わってしまった。少し走っただけで息が上がってしまうのは、女になって体力が落ちたせいか、それとも体中にまとわりついている脂肪のせいか。以前は当たり前にできていたことが、できなくなってしまったことも多い。腹がつかえて靴下が履けない。股ずれして隊服が破れる。そんなちょっとしたことで、小さなストレスが溜まっていた。

「お仕事、忙しいんですか? 疲れてらっしゃるみたい」

 土方のいら立ちを感じ取ったのか、は慰めるように言った。

 土方は鏡越しに背後を見る。は土方の真後ろに座って、土方の洗い立ての髪をタオルで包んでいた。

「仕事はそうでもねぇんだけどな」
「それじゃ、何がそんなに大変なんです?」
「見りゃ分かるだろうが」

 は肩を震わせながらくすくす笑った。

 は基本的にいつでも機嫌のいい女だが、土方がこうなってから、以前にも増して楽しそうだ。例えるなら、ずっと欲しがっていたとびきり可愛い人形を手に入れた子供だ。

 今夜は、土方の髪があまりに酷く痛んでいると言って、風呂上がりの土方に椿油を届けにやって来た。枝毛だらけの毛先に丁寧に椿油をなじませながら、はうきうきと弾んだ声で言った。

「お気持ちは分かりますけど、せっかくなんですから、この時間も楽しんだらいかがですか?」
「この状況で、何をどうやって楽しめって言うんだよ?」
「女の子らしく綺麗な着物を着たり、お化粧してみたり、意外と楽しいかもしれませんよ」
「そんなことに興味はない」
「沖田くんや山崎くんは、新しい着物や帯を見に行ったり、甘味処でお茶したりしてきたそうですよ」
「あいつら、見かけねぇと思ったらそんなことしてたのか」
「土方さんも一度行ってみればいいのに。きっと気分が変わります」
「大きなお世話だ」

 が楽しそうにすればするほど、土方の苛立ちは募る。

 本当は、にこの姿を見られたくはなかった。みっともなくて、恥ずかしくて、入れる穴があったなら頭から飛び込んで二度とそこから出なかった。

 そんな土方の気持ちも知らず、女になった土方と初めて対面したがなぜ、感極まった声で「かわいい!」と叫んだのか、今になっても、土方はさっぱり理解できないでいる。

「それじゃ、乾かしますね」

 は濡れた手を拭うと、ドライヤーのコードをコンセントに差した。

「別にいいって。放っておけば乾くだろ」
「駄目です。そんなことだからこんなに痛むんですよ」
「女ってのは本当に面倒臭ぇな」
「やって差し上げますから、じっとしていてください」

 カチッ、というスイッチの音とともに、温風が吹き付ける。

 の手が髪をかき混ぜると、地肌まで温かな風が吹き付けてくる。その心地良さに、土方は思わず目を細めた。の手は、土方の髪を真綿で包むように優しく、無条件にほっとさせられた。男の時には感じたことのない心地良さだ。これは長い髪を得たことの、唯一の役得だろうか。

 鏡越しに盗み見ると、袖をたすき掛けにして二の腕まで露わになっていた。ほっそりとしているのに柔らかそうなその腕から、花のような甘さと、温めた牛乳を混ぜたような匂いが香る。

 その瞬間、土方の胸がどきんと跳ね上がった。発作のような胸の高鳴りに、土方は思わず胸を抑える。この肥満体だ、体のどこに不調が出てもおかしくはない。こんなみっともない姿で死んでたまるかと、怒りにも似た気持ちが湧いてきて、土方は意志の力で発作を抑え込もうとする。

 けれど、鼓動はますます大きくなる一方だ。うるさいくらいに暴れている心臓を肌の上から押さえ込みながら、土方は唐突に閃いた。これは発作ではなく、欲情しているのではないか?

 女の体は男では、欲情した時の体の反応も違うはずだ。初めての感覚に戸惑っていると、ふいに、土方の首筋をの指先がかすった。その瞬間、肌の上を電気が流れたような痺れが走り、その想像は確信に変わる。

「あ、ごめんなさい。くすぐったかったですか?」

 びくっと肩を震わせた土方を、が気遣う。

「いや、大丈夫だ。気にすんな」

 そう答えた声が震えてしまい、土方は我ながら情けなくて泣きたくなった。

 どんなにを抱きたくても、女の体ではどうにもならない。据え膳食わぬは男の恥というが、これでは据え膳食えぬは男の涙だ。

 あまりの絶望感に打ちひしがれて、がっくりとうなだれていると、ドライヤーの音がぷつりと止んだ。

「本当に、どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」
「何でもねぇよ。いいからさっさとやってくれ。疲れてるんだ、早く休ませてくれ」

 土方は懇願するように言った。早くひとりになりたかった。これでは生殺しにされているようなものだ。もう耐えられそうにない。

 と、その時だ。の細い腕が伸びてきて、背中から抱きすくめられた。胸の腕交差した腕に力がこもり、耳元で小さな声がする。

「気を悪くさせたんなら、ごめんなさい。土方さんがあんまり可愛くて、ついあれこれお世話したくなっちゃって。でも、可愛いなんて言われても嬉しくないですよね。土方さんの気持ちも考えずに、本当にごめんなさい」

 甘い匂いのする吐息が耳元をくすぐって、ますます鼓動が早くなる。の話しが全く頭に入って来ず、ぐるぐると渦を巻いて混乱を極めている。もう、何をどうしたらいいのか分からなくて、指一本も動かせない。

「土方さん、何か言ってください」

 は、まさか土方が己の欲望と格闘しているとは思っていないのだろう。両腕にぎゅっと力を込めてくる。背中に押し付けられた胸のふくらみを強く感じて、土方は全身が心臓になってしまったような錯覚に襲われた。

 今すぐの胸に飛び込みたい。けれど、そんなことは絶対にできない。柔らかく甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んで溺れてしまいたい。けれど、どうやってもを抱くことはできないのだ。

 もう、いっそ殺してくれ。土方は祈るようにそう思う。

「土方さん、耳が真っ赤」

 と、たった今気が付いたように、が呟く。土方はとっさに顔を背けようとしたけれど、の方が早かった。

「……頼むから、そんなに見るな」

 真っ赤な顔を必死に隠そうとする土方を見て、はぽかんと目を丸くした。

「何をそんなに照れてるんですか?」
「照れてねぇ。これは、あれだ、ちょっと熱っぽいだけだ。風邪引いたのかもしれないから、もう寝る。お前はもう戻れ」
「嘘吐かないでください。どうしちゃったんですか? 土方さんらしくないですよ。そんなに、女になったことが嫌だったんですか?」

 土方は思わず怒鳴っていた。

「らしくねぇのはお前もだろうが! 俺が女になってからこっち、べたべたべたべたしやがって! ちょっとは俺の身にもなれ! 生殺しにするつもりか!?」
「べたべたって、土方さんだっていつもしてるじゃないですか」
「はぁ!? 俺がいつそんなことしたよ!?」
「してますよ、いつも」
「……いつもではないだろ」
「だいたい、いつもですよ」
「……いや、5回に1回くらいだ」
「3回に2回くらいです」
「……そんなにしてるか?」
「そうですよ。私は、いつも土方さんがしてるみたいに、してただけですよ」
「……なんで?」

 は、顎に手を当てて首を傾げながらうーんと考え込む。答えは、とびきりの笑顔と一緒に告げられて、土方はくらりと眩暈を起こしそうになった。

「私がしてもらって嬉しかったことを、土方さんにもしてあげたいなって、思ったんです。いけませんでした?」



 結局、土方はを抱きたいという欲求を抑え込むことはできなかった。

 この巨体で体を重ねたら、小柄なを押し潰してしまいそうだったから、ふたり向き合う形で横たわり、着物の下に手を滑らせる。小ぶりな胸、玄妙な曲線を描く腰、丸く柔らかい尻、張りのある太腿。全身の感触を楽しんでいると、ふいにの手が土方の胸元に伸びてきた。

「私も、触ってもいいですか?」

 の声は上擦っている。もしかして、自分に欲情しているのだろうか。同じ女なのになぜ? と疑問に思いつつも、土方は問い返していた。

「触りてぇの?」
「はい。でも、土方さんが嫌なら我慢します」
「別に、いいけどよ」

 土方が襟を開いてみせると、は目を輝かせながら、胸のふくらみを指先でつつく。

「わぁ、すごい弾力」

 あまりにも慎ましい手付きに、土方は少し呆れた。

「そんなまだるっこしい触り方してねぇで、ガッと来いよ、ガッと」
「そんな風情のないこと言わないでください」

 の愛撫は控えめだ。着物の上から胸の形をなぞったり、指先に少し力を入れたかと思うとすぐに離したり、胸の間にできた谷間を見つめてため息を吐いたり。そんなことをして何が楽しいのだか、土方には全く分からない。

「本当に大きいですねぇ。メロンくらいありそう」
「かさばるし、重くて肩が凝るし、いいことねぇぞ」
「そのせりふ、一度でいいから言ってみたいです」

 土方はの肩から着物を引きずり降ろして胸を露わにする。の胸は手のひらにちょうど納まるくらいで、土方と比べれば小さいとしか言えないけれど、控えめな佇まいで形がいい。

 土方が胸の突起をつまむと、は「んっ」と声を漏らす。そして、仕返しをするように土方にも同じことをした。

「おい、やめろよ、それ」
「痛かったですか? ごめんなさい、力加減が分からなくて」
「そういうことじゃねぇ。別に、俺にはしなくていいんだよ」
「どうしてですか。私ばっかり気持ちよくしてもらっても嬉しくないですよ」
「言わなくても分かるだろ。この体じゃ、どうしようもねぇだろうが」

 はよほど驚いたらしい。大きく目を見開いたかと思うと、突然大声で怒鳴った。

「そんなわけないじゃないですか!? 女の体でも気持ちよくなれますよ!」
「なんだよ、急に。大声出すなよ」
「土方さんがおかしなこと言うからですよ!」
「いいから、落ち着けよ」

 土方は子どもあやすようにの腰を叩く。は不満そうに口を尖らせ、土方の大きな胸に顔をうずめるようにしてすり寄ってきた。

「あのな、俺がこんな体でもお前と寝ようと思ったのは、お前が可愛いからなんだ。お前に触りたくて、どうしようもなかったからだ。女の俺を、男の時と変わらずに好きでいてくれて、お前には感謝してる。いつもと同じようにはいかねぇけど、お前に気持ち良くなって欲しいんだ。分かるか?」
「土方さんだって、すごく可愛いです」
「いや、論点、そこじゃねぇんだけどな」
「言いたいことは分かります。でも、やっぱり、私ばっかりしてもらうのは、私が嫌です。それに……」

 と、の手がするりと着物の下に滑り込んで、土方の背中まで伸びてきた。肌の上を這うように動くの手は、するすると下がっていき、土方の大きな尻のふくらみをなぞる。

 その手付きは、話をしながらも動きを止めなかった土方の手付きとそっくりだった。

 額と額がくっつくほどの至近距離で、の潤んだ瞳が土方を睨む。

「土方さんばっかり、ずるいです。私も土方さんのことすごく可愛いと思ってるし、触りたいと思ってるのに、私にだけ我慢させるなんて」

 土方は返す言葉が見つからなかった。大きな違和感を感じつつも、確かにの言う通りだと感じる自分がいる。

「……分かったよ。もう、お前の好きにしろよ」

 すっかり情に絆された土方は、気づけばそう口にしていた。

「本当に、いいんですか?」

 はきらりと目を輝かせた。

「あぁ、いいよ」

 こんな肥満体の女の体なんか触って何が楽しいのか、土方には全く理解できなかったが、に笑顔が戻ったので、それでいいことにした。こんな馬鹿みたいな話をしている間にも、の中は熱く潤んでいる。

 男よりも短い指ではいつも通りにはいかなかったけれど、よく感じるところを探って愛撫する。土方の指を溶かしてしまいそうなほど熱い愛液が、音を立てて足の間を濡らし、指の動きに応えるようには体をびくびくと震わせた。

 それにしても、どうしては女になった自分をこうして受け入れてくれるのだろう。土方はどこか冷めた頭で考えた。

 男と女として出会い、恋をして、何度も体を重ね合ってきた。とても自然な流れでそうなったから、わざわざ確かめたことはなかったけれど、は、同性にも魅力を感じる性分だったのだろうか。だから、女になった土方も受け入れてくれたのだろうか。

 つまり、裏を返せば、土方以外の女に惚れてしまう可能性もなくはない、ということなるのではないだろうか。

 そう思うと、まだ存在するかどうかも分からない女に対する嫉妬心が燃えた。無意識に、を抱く腕に力がこもる。は肉感的な土方の体に押しつぶされ、苦しそうに呻いた。土方はそれに構わず、濡れたの中をかき回す。

 びくびくと震えながら、高い声を上げて達したを抱きしめながら、土方は自分の独占欲の強さに、ほとほと呆れていた。こんなにも強くを求める気持ちは一体どこから来るんだろう。

 の愛液で濡れた手が、腱鞘炎を起こしたように痛む。これは少し休ませないとならないな、と思っていると、不意にに体を押し返され、太腿の間にの手が滑り込んできた。

「ななななにしやがる?」

 動揺する土方に、はとろけるような笑顔を向けてくる。その微笑みに、土方の背筋は凍った。

「次は、土方さんの番です」
「いやいやいや、俺はいいって」
「私の好きにしろって言ったじゃないですか」
「それはそういうことじゃなくてだな、あっ」

 の細い手が、土方の割れ目をなぞった。その瞬間、思わず声が裏返ってしまう。

 はにんまりと嬉しそうに笑った。

「土方さんが本当に嫌なことは絶対にしませんから。ね?」

 ね、じゃねぇよ、という文句は言葉にならなかった。

 の指がぴっちりと閉じた割れ目を誘うように撫でる。すると、内側がしっとりと潤ってきて、だんだんと膨らんでいくような感触がした。まるで、の指を迎え入れようと自ら口を開いていくようだ。

 男の体とは全く違う感覚に、土方はただ戸惑った。腹の底が熱く疼いている。欲しくてたまらない、そう体が訴えている感覚に、頭がついていかない。今、自分の体で何が起きているんだろう。

「濡れてきましたよ。分かります?」
「わざわざ聞くな、そんなこと」
「だって、土方さん震えてるんですもの。もしかして、不安なのかなと思って」
「んなわけねぇだろ。いいから、さっさとやれよ」
「そんなに急かさないで。女の体は、時間をかけた方が気持ちいいんですよ」
「時間なんてかけなくていいっつーの。待たせるなって」

 これ以上焦らされてはたまらない。そんな思いで口走った言葉が、をどう煽ったのか。

 今まで見たこともない、うっそりとした笑みを浮かべると、は愛液で濡れた指で土方の陰核を優しく撫でた。

 その瞬間、甘い痺れが体の真ん中を走り抜け、土方は声を上げて背中をのけ反らせた。

「女の子の気持ちいところですよ。どうですか?」

 そう言いながら、は同じところをこしこしとこすり続ける。力を入れているわけでもないのに、足の爪先までびりびりと痺れる。情けない声を聞かれるのが嫌で、土方は手で口を塞いでなんとかこらえようとした。けれど、それでは嫌とも言えないし、息もできない。

「ちょ、もう、だめだ、それ、やめろ……!」

 喘ぎ喘ぎそう言うと、はやっと手を止めてくれた。

「声、我慢しなくてもいいんですよ」
「んな、みっともない真似できるかよ」
「みっともなくないです。可愛いです」

 思わず、頭にカッと血が上った。

「お前、その歯の浮くようなせりふ、どこで覚えてくんだよ……?」

 はきょとんと目を丸くすると、吹き出すようにして笑う。

「土方さんだって、いつも言ってるじゃないですか」
「はぁ? 俺が?」
「そうですよ、覚えてないんですか?」

 全く覚えていなかった。

 自分で口にした言葉も忘れてしまうほど、を抱いている時の自分は無防備で必死だとでもいうのだろうか。いや、最低限の理性は保っているつもりだ。気障な女ったらしでもあるまいし、まさかそんなことを口走るだろうか。の体を気遣う言葉はかけていたような気がするが……。よくよく思い返せば、言ったような気が、しないでもない。

「思い出してくれました?」

 はくすくすと笑いながら、長い髪を背中に払った。その首筋に少し汗が浮いていて、髪の毛が数本張り付いていて、も必死なのだと分かる。

「土方さん、可愛いです。顔も、声も、胸も、あそこも全部。みっともなくなんてないです。大好きです」

 土方はもはや、苦笑いしかできなかった。

「お前、趣味おかしい」
「おかしくていいです。私こうしていられて、幸せですもの」

 の指がゆっくりと土方の中に入ってくる。女の細い指一本だったが、土方には極太の杭を打ち込まれたかのように感じられた。体の中を開拓するように、曲がったり伸びたりする指を、土方は快感に任せてぎゅうぎゅうと締め付けていた。

 土方はたまらず、の腰を引き寄せてもう一度その中に指を埋めた。荒っぽく内側を擦り上げると、は感じるまま可愛い声を上げる。

 それからは、ふたりで一心不乱に互いを愛撫した。言葉はほとんどなかった。交じり合う視線や、口づけ、そして何よりも指先から伝わってくる反応や温度だけで、十分だった。

 何度も体を痙攣させ、悲鳴を上げるように喘ぎ、ふたりともぐったりと動けなくなった頃には、指先が互いの愛液でふやけてしまっていた。



 男の性を奪われたことは、自分の半身を無理矢理削り取られたような苦痛だった。元の体に戻って、土方が感じたのは、根拠のない自信と自尊心、そして長旅から家に帰ってきたような安心感だ。ありのままの自分でいること、ただそれだけのことが誇らしかった。

「おかえりなさい」

 どこか懐かしそうな、それでいてほんの少し寂しそうに笑うは、土方の頬を両手で挟んでしみじみと言った。

「本当に元に戻ったんですねぇ」
「何だよ、嬉しくねぇの?」
「嬉しいですよ。でもちょっと名残惜しいと言うか、なんというか」

 癪に触ることを言う唇を、土方は荒っぽい口付けで塞いだ。

「人の気も知らねぇで、呑気なこと言ってんじゃねぇよ。俺は今、心底ほっとしてんだからな」

 は口付けを受けながら、笑い混じりに言った。

「私だってほっとしてますよ。ただ、女の子だった時も楽しかったな、いい思い出ができたなって思ってるだけです」
「忘れろ、できるだけ早く」

 誰も彼も豚と罵ったあの姿が、の記憶に刻まれていると思うだけで不愉快だ。何度も可愛いと褒めちぎってくれたが、嬉しくも何ともない。今はただ、時間が記憶を薄めてくれることを祈るばかりだ。

 男の目で見るの裸は、小さく細くか弱い。その気になれば簡単に壊してしまいそうで、女だった時も、女になる前も、こんなに胸に迫るような切実さでの繊細さを感じたことはなかった。女の目を通してを抱いた経験が、そんな視点を生んだのかもしれない。

 しっとりと滑らかな肌の感触を味わい、鼻面を押し付けて甘く温かい匂いを胸いっぱいに吸い込む。胸の膨らみの柔らかさや、腹から腰へ繋がる滑らかな曲線をしらみつぶしに堪能する。邪魔な脂肪のない男の体は、の体の隅々まで味わうことができる。女の指では届かなかった体の一番奥まで触れられると思うと、それだけで涙が出そうになった。けれど、ここで泣くなんてどう考えてもおかしい。歯を食いしばってぐっと堪える。

「あっ、そうだ」

 の胸の先端を口の中に含んでいた時、土方はハッとした。

「なんですか?」

 は濡れて乱れた声で答え、土方の頭をくしゃりと撫でる。

「いやまぁ、別に大したことじゃねぇんだけどよ」
「舐めながら喋らないでください」

 土方は体を起こして、と額をぶつけるようにして目を合わせる。手は蛇のようにするりと下に滑って、の濡れた足の間に滑り込む。は「んっ」と声を殺し、物欲しそうに潤んだ瞳で土方を見つめながら、土方の腹の前にそそり立っているそれに手を沿わせた。

「お前って、本当は女が好きなのか?」
「は? どういう意味ですか?」
「その、なんだ、あんな姿になっちまった俺でも、お前は変わらずにいてくれただろ」

 むしろ、男の時よりずっと積極的で、愛情表現も豊かだったじゃないか、それはつまり女の自分の方により強い魅力を感じたからなのではないのか? とは、さすがに言えなかった。自分自身に嫉妬してどうする。

「元から女が好きだから、女になった土方さんも受け入れられたんじゃないかってことですか?」
「まぁ、そんなとこだな」

 は考え込むような素振りを見せたけれど、いまいち集中できずに視線をあちこちに泳がせている。

「女の人と、付き合ったことはない、ですよ」
「惚れたことは?」
「ない、と思いますけど」
「曖昧だな」
「綺麗な女の人を見たら、素敵だなって思います。同じ女でも。そういうことはたくさんありました。それが恋なのかどうか、と言われると、違うとは思うんですけど……」
「ほう?」

 土方は心持ち身を乗り出す。会話とは無関係に動き続ける手が、の濡れた股間を犯し続けていて、ぬちゃぬちゃと音を立てている。の蜜で濡れそぼった指で、土方はの陰核を円を描くように撫でた。それに反応して、の手が土方のものを強く握る。

「あの、話すか、するか、どっちかにしてください。集中できないです」
「いいだろ、別に大した話じゃないんだし」
「え、そう、なんですか?」
「で、違うとは思うけど、何だよ?」

 悪戯っぽく言った土方を、は潤んだ瞳で睨みつけた。本人は怒っているつもりなのだろうが、口元からは甘い息が溢れ続けているせいでねだっているようにしか見えない。土方の物が、ぐっと硬度を増す。

「違うと思ってたんですけど、あんなに可愛い土方さんを見たら、何だかたまらなくなっちゃって……。私が女の人とできるなんて、土方さんとするまで、思ってなかった、です」

 呼吸が乱れているせいで、の言葉はどうしても途切れ途切れになる。土方はそれが楽しくて、指をより深いところに埋め込んだ。これではまるで拷問だ。

「それはつまり、どういう意味なんだよ?」
「だから、それは、あっ、それ、はだめ」
「どういう意味なんだ?」
「あっ、待って、そこ、それ、やめ、て、話がっ、できな、あんっ!」
「女のいいとこなんだろ、ここ」
「待って、待って!」

 は土方の後頭部をむんずと掴んで、髪の毛を握り込む。頭皮が引っ張られる感覚はあるが、痛くはない。それよりも、怒りを滲ませた目で縋り付きながら、だらしなく口を開けて言葉を紡ごうとしているに、意識の全てを持っていかれていた。指先を細かく動かす。ぬめった水音が大きくなる。

 が喘ぎ喘ぎ言う。

「だって、ひじかたさん、だったから」
「あ? 何だって?」
「ひじかたさん、だったから、分かってたから、かわいかったの、あっあっ、だめ、いきそうっ、」

 だんだん、呂律が回らなくなってきた。土方は追い討ちをかけるように強く中を擦り、言葉で煽る。その口元には、悪い微笑みが浮かんでいる。

「つまり、俺だったら、男でも女でも良かったのか?」

 は命乞いをするような切実さで、小刻みに頷いた。

「そう、ひじかたさん、ひじかたさん、が、すきっ、だいすき、だからぁっ」
「俺もお前が好きだよ」
「あっあっ、ひじかたさん、いく、ひじかたさん、すき、だいすき、あぁっ、いくいくいくっ! ひじかたさん……!」

熱い告白のシャワーを浴びながら、土方は指先に力を込めてをいかせてやった。女同士で抱き合った時の、の手加減を思い出しながら。

 は大きく腰を跳ね上げて、びくん、びくん、と痙攣し、やがてぐったりと倒れて、溺れかけた人のように肩で大きく息をする。土方はの陰核から指を離さず、は土方の物を握りしめたままだった。

 の手の中から自分の半身を引き抜く。久し振りに見るそれは、贔屓目かもしれないが、普段よりもひと回り大きく見えた。

 土方は待ちきれず、力が抜けてぐったりしているの腰を抱え上げ、一気に奥まで突いた。

「あぁ……っ!!」

 の悲鳴は喉の奥に消える。挿れただけで腰がびくびく震え、土方をぎゅうぎゅう締め付けてくる。強く熱い快感が腰の奥まで貫いてきて、土方は喉の奥から呻くように喘いだ。これが男の悦びだ、強烈な感覚が戻ってきたことが何より嬉しい。湧き上がる欲望に任せての中を突く。

 は両手両足を思い切り広げて、土方を受け入れてくれた。

「ひじかたさん、すき、だいすき、ひじかたさん」

 箍が外れてしまったのか、うわ言のように同じ言葉を繰り返している。

 女同士の体で抱き合った時、はいつもよりずっと積極的だったし、楽しそうだった。本当は女の方が好きなのではないかと疑いたくなるほどに、だ。

 女同士で抱き合うことは、柔らかく優しい体を重ね合い、ふわふわの真綿にくるまるような温かな快楽だ。

 男女で抱き合うことはそれとは全く別物で、男の欲望を女が一身に受け止めることになる。強烈で激しく、時には乱暴ですらあるけれど、その方法でしか得られない快楽は、人の限界も想像も遥かに超えていく。

「ひじかたさん、あっあっあっ、きもちいい、いい、もっともっと、して、あっ、だいすき、ひじかたさん、だいすき」

 はそう叫びながら、ぽろぽろと泣いていた。

 女の土方では、の細い指一本を受け入れるだけで、精一杯だった。けれどは、指より何倍も太く長いものを根元まで飲み込んでくれる。そのことを思うと、自分の欲望をぶつけることしか考えずに、馬鹿みたいに腰を振っている自分が、酷く情けなくみっともないものに思えた。こんな、どうしようもない自分を、は全身全霊で受け入れ、泣くほど好きでいてくれる。

 その幸福に、土方は涙を堪えることができない。土方はの体を裏返してうつ伏せにし、背中から犯した。泣き顔を見られたくなかった。

 腰を打ち付けるたび、柔らかく張りのあるの尻が土方をはじき返して、パンッ、パンッと、派手な音が立つ。は膝を立てることもできずにぺちゃりと腹ばいになって、されるがままにびくびく震えていた。土方はの背中に汗と涙が混じった水滴を落としながら、夢中で腰を振って立て続けに射精した。



 煙草を吸いながら体の火照りを冷ましていると、やっと起き上がれるようになったが、浴衣を体に巻きつけながら擦り寄ってきた。

「大丈夫か?」

 腕の中に迎え入れてやると、くったりと胸にもたれかかってくる。その口元には、照れ臭そうな微笑みが浮かんでいる。

「はい。今夜はよく眠れそうです」
「そりゃ良かったな。明日、寝坊すんなよ」
「もう今日ですよ」

 見れば、時計の針はとっくに頂上を過ぎていた。あと4時間ほどしか眠れない。けれど、憂鬱な気分にはならなかった。

「土方さん」
「ん?」
「もしも、私が男になったらどんな風になると思います?」

 土方は思わず、口をへの字に曲げた。

「勘弁してくれ。性転換はもうこりごりだ」
「想像するだけならいいじゃないですか」
「知らねぇし、考えたくもない」
「私は土方さんみたいな男の人になってみたいです」
「なんでそんな阿呆なことを思いつくんだか」
「だって」

 は口元を指先で隠しながら、ふふふ、と笑う。これは何かくだらないことを考えているに違いない。土方の予感は的中した。

「土方さんを見てたら、男の人ってどれくらい気持ちいいんだろうって気になったんです」
「お前、馬鹿だろう」
「土方さんばっかり、男でも女でも経験済みだなんて、ずるいじゃないですか」
「好きで女になったわけじゃねぇし、それに、あの時はお前から誘ってきたんだろうが」

 が自分と同じ男になるだなんて、仮にそんなことが起きたとして、自分はがそうしてくれたように、今と変わらずを好きでいることができるだろうか。無理やり想像力を働かせてみるものの、男になったの姿など全く思い浮かばないし、性別が変わっただけで中身は変わらないのなら、結局何も変わらないということなのではないか、という気もして、考えれば考えるほど訳が分からなくなる。

 土方は早々に匙を投げた。

「そんなありえねぇこと考える暇があるんなら、早く寝ろ」
「一緒に寝たいです。久しぶりですから」

 土方は指先を見下ろした。指に挟んだ煙草がまだ長い。

「吸い終わるまで待ってろ」
「はい」

 ふいに、は土方の膝にくたりと倒れ込んで寝転がった。眠たそうな目、火照りが残る上気した頬。甘えた仕草。

 土方は煙草の灰が落ちないように気をつけながら、の頬の線を指でなぞった。

 男だろうと女だろうと関係なく、無条件に、自分を好きでいてくれる人間に出会えることは、全ての人間に与えられる幸運ではない。そう思うと、自然と唇に笑みが浮かぶ。

「もしも、お前が男になったら、俺が男でもいけるかどうか試してみてもいいか?」

 冗談めかして言うと、は夢見るような顔で頷いた。

「いいですね。ぜひ試しましょう」

 煙草を吸い終わって、ふたり一緒に布団に潜り込む。灯りを消して瞼を閉じようとした時、体を擦り寄せながら、は夢現に呟いた。

「あぁ、でも、Ⅹ子さんにもう会えないと思うと、やっぱり寂しい……」

 お前、本当にいい加減にしろよ、と怒鳴ってやりたかった。けれど、その言葉を最後には眠りに落ちてしまい、やり場のない苛立ちが真夜中の片隅に取り残される。土方は苦い思いを胸に秘めたまま、静かに目を閉じた。






20210126