草履の鼻緒が切れた。屯所の前庭の落ち葉を掃いていたときのことだった。

「おい、大丈夫か?」

この年になって、大勢の人が見ている前で派手に転んでしまったことはもちろんだけれど、そんな間抜けな姿を土方さんに見られてしまったことが輪をかけて恥ずかしくて、気づかわしげに声をかけられてもすぐに顔を上げられない。

「すいません。大丈夫ですから気にしないでください」
「手ぇすりむいてんぞ」
「これくらいなら平気です」

土方さんは私の手を掴むと、親指の付け根にくっついてる砂粒を払い落とし、皮膚が破れて血が滲んでいる傷口を診てくれる。どうやら稽古を中断して私のそばに来てくれたらしい。稽古中の隊士達が、気にしないふりをしながらもこちらを意識しているのが遠目にも分かる。

「おい、ぼやっとしてんなよ。立てるか?」
「あ、すいません」

土方さんに手を貸してもらって立ち上がり、すぐそばの縁側に座らせてもらう。

「派手にやったな、すっかり切れちまってる」

土方さんは草履を拾い上げてぼやいた。

「替えの草履あるか? 取ってきてやるぞ」
「それが、それ一足しかなくて。そろそろ新調しようと思ってたんですけど」
「しょうがねぇな、ちょっと待ってろよ」

土方さんはそう言うと、手拭いを細く裂いて紐のようにする。草履から千切れた鼻緒の真ん中の紐を取って、代わりにその手拭いを結んでくれた。

「応急処置だから、後でちゃんと直すなり買い替えるなりしろよ」
「ありがとうございます。お上手ですね」
「慣れてるだけだ。昔は壊れた草履くらい自分で直して履いてたからな。ほら」

と、土方さんは草履を片手に持ったまま私の前に膝まづくと、私の裸足の足を取った。思わず両手をふって抵抗する。

「ちょっと土方さん! やめてください! そこまでしてくれなくてもいいですから!」
「なんで?」
「何でもなにも、皆が見てるところで真選組の副長がこんなことしちゃだめです!」
「ばかだな、誰も見てねぇよ」

そう言われて土方さんの肩越しにのぞいてみると、道場では変わりなく稽古が続いていた。竹刀がぶつかる激しい音と、胃の腑がつぶれるような悲鳴が聞こえたかと思うと、道場の外まで隊士が吹っ飛んでくる。こんなことができるのは沖田くんくらいだ。土方さんが抜けて手持無沙汰になった隊士達を相手に稽古をつけているのだ。真選組随一の剣の使い手を相手にしていては、確かに土方さんの動向に気を回す余裕は誰にもないかもしれない。

土方さんは私のかかとを支えながら、そっと草履を履かせてくれた。まるで、王子様にガラスの靴を履かせてもらうシンデレラみたいに。照れくさくて頬が熱くなる。

「あとは手だな」
「自分でできますから」
「きき手を怪我しといてどうやって自分で手当てすんだよ」
「稽古に戻らなくていいんですか?」
「近藤さんも沖田もいるから大丈夫だって」

土方さんはそう言うと、まだ文句を言い足りない私の手を引いて救護室まで引っ張っていった。なんだか子ども扱いをされているようでしゃくだったけれど、素直に従うしかないような有無を言わせない雰囲気があって。

救護室につき、私が傷口を洗っている間に、土方さんは薬品棚から消毒液を取ってくる。脱脂綿に消毒液をしみこませて私の手のひらに押し付けると、傷口に鋭く染みた。ほんの少し眉根を寄せた私を、土方さんは見逃さなかった。

「これじゃ皿洗いもできねぇな」

煙たいような匂いがしてふと目を上げると、すぐ目の前にに土方さんの顔があった。私の傷をじっと見つめる目の、黒いまつ毛の密度の濃さ。通った鼻筋。重い前髪。少し日焼けした肌のきめ細かさが、近くで見るとよく分かる。惹きつけられたように目が離せなくなって、私は思わず空いていた手を伸ばしてしまった。

私の指が頬に触れた瞬間、土方さんは目を丸くした。

「あ、ごめんなさい」
「俺の顔に何かついてるか?」
「いいえ。ただ、きれいな肌だなと思って」

土方さんはいかにもおもしろくなさそうに顔をしかめた。

「何を馬鹿なこと言ってんだよ」
「きれいですよ。きめが細かくて」
「きめが細かいの意味が分かんねぇし、お前の方がきれいだよ。だから怪我には気をつけろよな。痕が残ったらどうすんだよ」

私の手を握る土方さんの手に力がこもる。指先から伝わってきたかすかな震え。土方さんの手の温度が触れたところから伝わってきて、それは火にかけられた水のようにどんどん熱くなっていく。

ついには顔を真っ赤にして黙り込んでしまった土方さんは、まるでうぶな少年のように口をつぐんでしまった。

「自分で言って照れないでください」





20201227