隊士のみんなのために夜食を用意してあげるのは義務ではないのだけれど、夜遅くまであくせくと働くみんなを尻目に私だけ先に休むのも気が咎めるので、週に何度かはおむすびをこさえて持って行ってあげることにしている。夜勤につく隊士達に少なくともふたつは行きわたるだけ作ってあげたいし、洗い物も増えるしで大変なことには違いないけれど、おむすびを盛り付けた大皿を持って行くと、くたびれた顔をしたみんながそろって笑顔を見せてくれるのが嬉しくてならなくて、私はこのサービス残業をどうしても止めることができない。隊士達の間でも、この夜食にありつける日の夜勤は当たり日と呼ばれているらしい。

「残業代は出ねぇぞ」

 と、眉をひそめて面白くない顔をするのは土方さんだけだ。

「いいですよ。好きでしてるんですから」

 と、笑顔を添えて答えると、呆れたようなため息を吐かれた。それは無視して、小皿におむすびをふたつ取り分けた。

「土方さんも召し上がってください。具は梅と辛子明太子ですよ。頭がしゃっきりしますから」
「俺の言うことひとつも聞きやしねぇんだからな、お前は」

 私が差し出した皿を、土方さんはしぶしぶと受け取った。

 懐から取り出したマヨネーズの赤いキャップを外す。おむすびのてっぺんにこんもりとマヨネーズを絞り出し、重力に従ってこぼれ落ちそうになったそれを舌を使ってすくい取る。土方さんは一口が大きくて、私の手で握った小さなおむすびはそれで半分になってしまう。口いっぱにおむすびを詰め込んで、まるでひまわりの種を頬張ったハムスターのようだ。

「もっとゆっくり召し上がればいいのに」

 電気ポットから急須にお湯を注ぎながら言うと、土方さんはもうひとつのおむすびに手を伸ばしながら答えた。

「食ってる時間がもったいねぇよ、忙しいんだから」

 さっきよりも多めにマヨネーズを絞って、土方さんはふたつめのおむすびに食らいついた。マヨネーズが口に納まりきらず、指の端からこぼれそうになる。土方さんは首を前に突き出し音を立ててそれを吸った。指についたマヨネーズを舐めとる。マヨネーズの油分が薄い唇を艶めかせて、疲労に沈んだ目元と相まってやけに色っぽい雰囲気がした。

「お茶どうぞ」
「あぁ、ありがとな」

 もぐもぐと咀嚼しながら言われた言葉に、私はつい吹き出してしまった。土方さんの口元にマヨネーズの欠片がくっついてる。

「なんだよ?」
「お口についてますよ」
「あ?」

 土方さんは全く見当違いの場所を手で拭う。仕事に追われて忙しくしているくせにこういうところは子どもっぽくって、私は声を出して笑ってしまった。

「そっちじゃなくて」

 白いガーゼのハンカチで口元を拭ってあげると、土方さんは呆気に取られた顔をして目をしばたかせた。ハンカチ越しに感じる土方さんの唇は柔らかくて、熱い息が指にかかる。マヨネーズで濡れた唇はよく滑った。

「真選組副長ともあろう人が、しっかりしてくださいな」

 土方さんはバツが悪そうに目を細めた。
 こっそり盗み見ていた隊士達がにやにやと笑う気配がして、土方さんは顔を真っ赤にして怒鳴った。







20190720(拍手再録)