その日、土方は機嫌が悪かった。厄介な事件の解決の糸口がつかめず、捜査が行き詰まってもう一週間も経っていた。天人製の麻薬密輸事件である。薬物を過剰摂取して救急搬送された男から薬を手に入れたまではいいが、売人の足取りがどうしてもつかめないのだ。

「そろそろ手がかりのひとつも見つからねぇのか?」

 ぶつくさと言う土方に、山崎は茶を組みながら疲れた顔をして首を振った。

「俺だって必死にやってますよ」

 進展しない捜査に嫌気がさしてきているのは土方だけではない。沖田は勉強に飽きた子どものように書類で紙ヒコーキを折って飛ばす。

「こう何も出てこないと、根本からやり方変えていくしかないんじゃないですか?」
「例えば?」
「なんでも、この薬には媚薬効果があるらしいですから、一般的な麻薬の取引ルートには乗らないのかもしれませんよ」
「媚薬、ねぇ」

 土方は小袋に入った白い粉をつまみ上げる。成分を詳しく調べるために鑑識に回しているが、まだ結果は上がってきていない。媚薬効果があるという話も噂の範疇を出ておらず、真偽も定かではない。事情を知らなければただの白砂糖にも見える。こんなものに一体どれだけの力と価値があるのだろう、土方には疑問だった。

「いっそ吉原の方に捜査を広げたらどうです?」
「あほか。これしか手掛かりがねぇのにそんなことできるわけねぇだろ」
「まぁ、お茶でも飲んで一息入れましょう」

 山崎が熱い湯気をあげる湯のみを土方の目の前に置いた。ずいぶん濃く入れたらしい、茶は深い緑色だ。あまり渋い茶は好みではなかったけれど、それくらいの方が頭がしゃっきりするかもしれない。そう思って茶を口に含むなり、土方は眉間にしわを寄せた。

「副長? どうかしましたか?」

 山崎が言う。

 土方は湯のみを置くと、目頭を押さえて俯いた。急なめまいに襲われて目を開けていられない。力を抜いたら椅子にも座っていられなくなりそうで、机の端を掴んでしがみつく。

 根を詰めすぎて疲れが出たのだろうか、それにしては様子がおかしいような気がした。山崎がそばで何事かを言っているのを無視して、じっとめまいをやり過ごす。その後にやってきたのは腰の奥の方から湧き上がってきた熱だった。

「急にどうしたんですか?」

 心配そうに顔を覗き込んできた山崎を、土方はきつく睨みつけて黙らせた。

「なんでもねぇよ」
「でも、顔が赤いですよ? もしかして熱でもあるんじゃないですか?」
「大丈夫だ、いいからほっとけ」

 山崎を乱暴にあしらって、土方は熱いため息をつく。口ではそう言ったが、全く大丈夫ではなかった。体の中で生まれた熱はみるみる大きくなって、今にも怒れる獣のように暴れ出しそうだった。理性を働かせてなんとか押さえ込もうとするが、それだけでは体の方はどうにもならない。急にズボンの中がきつくなって、その感覚で勃起していると分かる。媚薬という言葉だけに反応してしまうような思春期のガキでもあるまいし、自分のことながらわけが分からない。

 あわあわと何か言っている山崎がうるさくて少し黙れと言おうとした時、指の隙間から、口元を押さえてにやにや笑っている沖田が見えた。

――あの野郎、盛りやがったな。

 一瞬でそれを察した土方は、口の中だけで悪態をついて立ち上がる。その勢いで山崎が尻餅をついたが、それに構っている余裕はなかった。

「土方さん、どこいくんですか?」

 沖田がとぼける。

「便所」

 土方はふらつきながらも、沖田をきつく睨みつけた。覚えていろよ、とほとんど憎しみに近い感情を込めたが、沖田はそんなものどこ吹く風といった顔で笑っているのにさらに腹が立った。

 部屋に戻って一発抜こうとそちらにつま先を向けた時、今一番会いたくない女と鉢合わせてしまったことは運命のいたずらという他ない。

「あ、土方さん、ご苦労様です」

 洗い立てのシーツを抱えているは、たすき掛けにした袖を肩までたくし上げていた。仕事をする時のいつもと変わらない姿なのに、今はその全てが目の毒だった。白く柔らかそうな腕、耳や首の後ろで遊んでいる後れ毛、胸の膨らみ、腰から尻にかけての曲線、見てはいけないと思うのに、強い磁力に抗えない磁石のように目が離せない。



 妙に熱っぽい声が出て、しまったと思う。もいぶかしげに首を傾げて、土方の様子をうかがっている。頼むからそんな目で見ないでくれと思う。

「どうかしたんですか? 顔色が悪いですよ」
「少し休めば良くなる」
「医務室までご一緒しましょうか?」
「いや、部屋で休む。ひとりにしてくれ」
「でも」

 が土方のそばに近づいてくる。労わりのある眼差しで、ただ善意で心配してくれているのだと分かる。だからこそ今は離れていて欲しくて、土方は強い精神力でもってから視線を引き剥がした。股間が爆発しそうに熱くて、もう気が狂いそうだった。

 今、の善意に甘えたら何をしてしまうか分からない。その肌に、髪に、唇に、体の中の獣が暴れるままに噛み付くわけにはいかない。

 けれどもたもたしている間に、その獣はさらに激しさを増して吼え哮り、土方はまっすぐ立ってもいられなくなった。柱に背をもたせかけて目を閉じた土方を見て、は遠慮するのをやめた。

「土方さん。無理しない方が」

 土方は悩ましいため息を吐いて、目頭を指でこすった。

 分かっている。今手を出したら、をずたずたに傷つけることになる。そんなことは絶対にしたくない。大切にすると心に決めた相手だ。を傷つけようとする人間なら自分でも許せない。そんな非道な人間にはなりたくない。

 けれど、は真っ直ぐに自立することもままならない土方を放っておけるような人間ではない。それも重々分かっている。

「土方さん」
 が優しく名前を呼ぶ声に、体の奥がずくんと反応した。それでもう、だめだった。

「……部屋で休んでるから、水を持ってきてくれねぇか?」





 が水差しとグラスを持って部屋に入ってくるなり、土方はの肩を掴んで荒っぽく抱きしめた。つま先が浮くほどの勢いで抱き上げられたは驚いて悲鳴を上げたけれど、土方はすぐにその唇をふさいで声を奪った。目を皿のように丸くして口づけを受けるの驚いた顔が土方を煽る。

 はたたらを踏んで後ろ向きに倒れ、土方もそれに折り重なるよう転んでしまった。

「痛い!」

 土方の体の下敷きになったが悲鳴を上げる。けれど今の土方にはそれを気遣う余裕がない。が痛みに気を取られているすきに足首を掴む。はぎょっとして顔を強張らせた。

「何してるんですか!?」
「悪い、ちょっと、体貸せ」
「はぁ!? 何言ってるんですか!?」
「切羽詰まってんだよ。頼む」
「いや、離して!」

 は畳を滑って後ずさったけれど、土方は帯を掴んで引き戻す。

「……土方さん、どうしちゃったんですか?」

 土方はの太腿を押し上げ、その内側の透き通るように白く柔らかい肌に生唾を飲んだ。小さな下着に指を引っ掛けて横にずらせば、薄い体毛に守られて、まるで貝の口のような入り口がある。なんの準備もしていないからその口は固く閉ざされたままだ。けれど、土方のものはもうそこに入りたくて仕方がなくて、苦しいほど張り詰めていた。

 慌ただしくベルトを外す土方に、は怯えて首を振る。

「待って、止めて」
「すまん、すぐ済ませるから」

 逃げようともがくを力づくで押さえ込んで、土方はズボンの中から勢いよく飛び出したそれを入り口に当てがった。それはまれに見るほど大きく固くなっていて、先の方は羽を広げた蝶のように膨らんでいる。触ってもいないのにこんな風になってしまうなんて、どうやらあの薬の効果は抜群らしい。そんなことを考えながら、土方は荒い呼吸をしての腰を引き寄せて貝の口をこじ開けた。

 すんなりとはいかず、行きつ戻りつしながら奥まで分け入るのはもどかしくて、焦らされているような気分になる。の温もりがぎゅっと土方を包む。脳天に響くほどの快感に、土方は首をのけぞらせて声を漏らした。腰が勝手に動いてしまう。必要な場所だけくつろげた服が邪魔だったけれど、脱ぐ手間も惜しかった。

 体の中で獣が暴れている。熱く、激しく、狂ったように跳ね回る獣。意識を乗っ取られてもうどうにもならない。かすかに残った理性がこれはいけないと警告を発しているけれど、それに聞く耳を持つ自分はもう屈服してしまっている。

 は止めてと言った。だから早く、早く終わらせてやらなければと思った。思えば思うほど、動きは荒っぽく激しくなる。

 無心で腰を振っていた土方をはっとさせたのは、土方の手にすがりついてきたの冷たい手だった。

「……土方さん、痛い」

 土方はの腰を掴んでいた手を慎重に離したが、は首を振る。体を強張らせて歯を食いしばって、何を訴えているのか土方にはしばらく分からなかった。無理やり掴んだ足首や転んだ時に打った背中のことだろうか。ところがそれは全くの見当違いで、がふたりが繋がった場所に手を伸ばしてやっと意味を理解した時、土方はショックのあまり青ざめた。

 の貝の口が、薄い下着が、そして土方のものが赤く染まっていた。前戯もせずに無理やり押し入ったせいで膣が裂けたのだ。

「悪い!」

 と、慌てて中から抜け出した土方は、ティッシュボックスを引き寄せての股間に当てがった。

 は土方がすることを黙って見ている。力が入らず起き上がることもできないらしい。それとも、血まみれの股間を見る勇気がないのだろうか。

 あらかた血を拭った土方は、傷ついた顔をして倒れているの手を取って誠心誠意謝罪した。

「本当に悪かった。こんなつもりじゃなかったんだ」
「じゃぁなんのつもりだったんですか?」

 は土方の手を握り返したが、そっぽを向いて目を合わせない。土方の手の中で、の小さな手が震えていた。

「何言ってもいいわけになるけど、薬のせいで抑えが効かなくなっちまったんだ」
「薬?」
「今捜査中の麻薬だ」
「麻薬のせいでそんな風になったって言うんですか?」

 はぎょっとして、土方は小さく頷いた。

「そうだ」
「なんでそんなこと……、中毒にでもなったらどうするの……!」

 血相を変えたが土方の手をぎゅっと握り返す。その力強さは、土方の理性を勇気付けた。体の中ではまだ獣が吠えている。けれど、やっとその手綱を手に取ることができたような気分だ。

 まだ血を流しているの股間に手を当てる。そうとう奥の方まで裂けてしまったらしい。土方は慎重にの下着を脱がせると、顔を近づけてそこをよく観察した。蒸れた汗の匂いが少しと血の匂いがして、舌を這わせれば錆びた鉄の味がする。

「血は、舐めない方が……」

 が頭を押してきたけれど、逆にその手を取って押さえつける。舐め取った血を、土方はこぼさないように飲み込む。はそれでもみじろぎをしたから、土方は太腿を抱えて動けないようにした。

「じっとしてろ。よく見えねぇだろ」

 舌を使って血を舐めとる土方に、は喘ぎ声交じりに反論する。

「動物じゃないんだから」
「じゃぁ医者に見せるか?」
「そんなところ嫌ですよ」
「じゃぁ黙ってろ」

 赤いものが見えなくなるまで、土方は丹念に舌を使った。そう長い時間はかからなかったが、はその間に2回声を上げて痙攣した。

 血の代わりに奥から溢れてきたものは白っぽく透明な甘い蜜で、土方の唾液と混ざってのそこはふやけたように柔らかくなる。

 土方は濡れた唇を舌でぬぐいながら、の目を覗き込んだ。はまだ怒ったような顔をしていたけれど、土方が労わるように頬を撫でてやると心地好さそうに目を細めた。

「本当にごめんな」
「もう大丈夫?」
「あんま自信ねぇけど」
「ねぇ、お願い、聞いて」

 の手が、土方の首に触れる。首の筋をなぞるように撫でられると背筋がぞくぞくした。

 ひどく傷つけるようなことをしたのに、土方の体を安じてくれる。こんな風になってもまだ足を開いて土方を受け入れようとしてくれている。こんな自分を受け入れて、許して、愛してくれる

 が願うことならなんでも叶えてやりたいと飢えたように思う。

「たくさん、キスして。それ以外は土方さんの好きにしていいから」
「それだけでいいのか?」

 はあっかんべーをするようにちろりと小さな舌を出す。まるで赤身の刺身のようなそれを、土方は唇で挟むようにして吸った。歯を立てないようにして何度も出し入れをして味わう。の唾液は甘くて、棒付き飴を舐めているような気分になる。勘を頼りに腰を進めたら、の手がそれを入り口まで導いてくれた。

 上の口も下の口も繋がっていっぱいになる。全身を使ってを抱くのは骨が折れたが、これくらいのことはしてやらなければ嘘だろう。麻薬のせいでハイになっているからか、時間を忘れていつまでもこうしていられるような気持ちにもなった。

 獣は相変わらず暴れている。けれどそれを乗りこなすこつも分かってきた。理性という名の手綱をしっかり握っていさえすれば怖くはない。

 息継ぎをする間を除いては、ずっとの求めるとおりのキスをした。うっかりするとが首を掴んで自分から唇を合わせてくるから、呼吸困難になりかけたけれど、のそのすがりつくような甘えるようなやり方は嫌いではなかった。

 ふたり同じくらい高いところまで昇りつめて、全身を痙攣させながら折り重なるように倒れて、そこから先の記憶が少しだけ飛んだ。





 今日はもういいか、という気分になったので土方は仕事には戻らなかった。着流しに着替えて、小さな庭を見下ろす縁側に寝っ転がる。薬のせいか倦怠感があって頭もしゃっきりしない。暮れていく空をぼんやりと見上げながら煙草を吸っていると、視界に不安そうな顔をしたが入ってきた。

「体、大丈夫ですか?」
「あぁ、大分落ち着いた」
「今夜はお食事、お部屋に持ってきますね」
「大袈裟だな、そこまでしなくてもいい。病人じゃねぇんだ」
「病人みたいなものでしょ」

 熱を測るように、の手が額から首筋に滑る。抱き合っている時は同じ熱を持っていた手がすっかり冷たい。名残惜しくて、土方はの手に頬ずりをする。

「お前は大丈夫か?」

 は仕方がなさそうに笑った。

「月のものが少し早くきたと思えば。でも、どうしてこんなことになったんですか?」

 土方は渋面になって、絞り出すように言った。

「総悟に盛られたんだよ」
「え、本当に?」

 はにわかには信じられないようだったが、土方が神妙な顔で頷いたので納得せざるを得なかったらしい。肩を落としてため息をつくと、労わるように土方の肩を叩いた。

「それはまぁ、いつものことながら大変でしたね」
「怒んねぇの?」
「怒るって、どうして?」
「どうしても何も」
「土方さんだって被害者なわけですし」
「けど、お前にはそうする権利があるだろ」
「そんなに怒って欲しいんですか?」
「別にそういうわけじゃねぇけど」
「自分から怒られたいだなんて、土方さんって実はM?」
「違うっつーの。茶化すんじゃねぇよ」

 土方の悪態に、は声を出して笑った。誤魔化されたような気がして腹が立ったが、見透かされているようにも感じてそれ以上言い返す言葉が見つからなかった。

 はもっと怒るべきだと思う。相手が土方とはいえ、あんな乱暴をされて黙っているのはどうかしている。なんでもない顔をしているけれど、まだ体は辛いはずだ。

 後ろめたさに首を絞められるような気持ちがして、土方は目を伏せた。

 ひと思いに、怒鳴り散らして、罵って、いっそのこと別れでも切り出してくれたら、土下座でも何でもして、泣いてすがって許しを請うことだってできる。あとはが許してくれるのをただ待っていればいい。被害者ぶるより、悪役を気取る方が気楽だ。

「土方さんって、いつもそうやって自分を悪者にしますよね」

 心の中を読まれたような気がして、土方は思わず目を見開いた。

「あ?」

 は困ったような顔をして土方を見ている。どうしてそんな目をするのか分からなくて、土方は戸惑った。

「なんだよ、それ」
「だって、話を聞けば沖田くんがそもそもの原因だって明白なのに、わざわざそんなこと言うんだもの。
「けど、俺にも自制心ってものが足りなかったわけだし……」
「薬に自制心で勝とうとするなんて無理な話ですよ」
「……」

 の手が土方の前髪をかき上げる。冷たい指が地肌に触れるのが心地良くて、自然とまぶたが落ちる。

「私は、土方さんに甘えてもらえるのが嬉しいです」
「甘えてねぇし」
「あら、そうなんですか? それじゃ私は仕事があるのでそろそろ失礼しましょうか」

 離れていくの手をとっさに掴んでしまったことに、驚いたのは土方の方だった。気づいたときにはもう遅く、に確信犯のように笑われることが照れくさくてかっと頭に血が上る。けれどごまかすこともできなかったから、土方はやけになっての膝を掴んで頭を乗せた。の体からは石鹸や花や、何か清潔で美しいものをぎゅっと濃縮させたようなすばらしい匂いがした。

「今日の夕ご飯は何にしましょうか。土方さんが食べたいもの作りますよ」

 何も答えない土方に、やっぱりは怒らなかった。







(せつなくなったら名前を呼んでの土方さんバージョンでした。)







20190329