「眠い!」をテーマに、拍手御礼夢として公開していたショートショート2本です。








 夜の水たまりに小石を投げ込んだような音が聞こえて目が覚めた。誰かがこの離れの鍵を開けたのだ。続いて、ガラスの引き戸がそっと開く音。板の間が軋む足音、襖がすべる吐息に似た音。
 私は布団の中で目を閉じたまま、じっとその気配に耳をそばだてた。
 気配はためらうように部屋の隅に立ち止まったかと思うと、布団のかたわらにしゃがみこんでそっと布団の端をめくる。途端、忍び込んできた冷気に肩をすくめると、気配がどきりとしたように布団を掴んだ手を震わせた。

「悪い、起こしちまったか?」

 私は枕に頭を乗せたまま首を横に振る。体を少しずらしてやると、声の主はためらわずに布団の中に滑り込んできた。掛け布団が足りなくなってしまって首の裏がすうすうする。それをごまかすために体をすり寄せると、たくましい腕が待っていたように私の肩を抱いてくれた。薄眼を開けて見上げると、時計の針が二本並んでてっぺんから右の方に傾いていた。

「遅くまで、お仕事ご苦労様です」
「おう」
「どうしたんです?」
「なにが?」
「来るなら、そう言ってくれれば待ってたのに」
「あー……」

 私を抱く手が子どもをあやすようにリズムを刻む。その手つきがなんだかくすぐったくて体がむずむずずして、思わず両足をすり寄せたら、体温の高い足が寝間着の裾を割って私の足に絡んできた。ふくらはぎの内側に体毛が触れると思いのほかちくちくする。その感触が、なんだか癖になりそうなほどおもしろくてばかばかしくて、つい吐息だけで笑ってしまった。

「なんだよ?」
「土方さんこそ、そんなに甘えてどうしたの?」
「甘えてねぇし。お前が寒そうにしてっからだ」
「じゃぁ、そういうことにしておきましょうか」
「だからちげぇって」
「はいはい」

 土方さんの胸板に鼻先を押し付けて深呼吸をする。すっかり体に馴染んだ土方さんの匂いを胸いっぱいに吸い込むと、体の芯からほどけるように安心した。心地良い眠気がやってきて、それにつられて体が離れてしまわないように、そっと土方さんの背中に腕を回す。

「おやすみなさい」

 眠りに引きずられて消え入りそうになる声が、ちゃんと土方さんに聞こえたかどうかは自信がない。けれど、土方さんがまるで夜の深く美しいところをぎゅうっとひとかたまりにしたような声は、眠りに落ちる直前の私の耳にそっと届いた。

「おやすみ」

 その夜は、甘くて優しい、これ以上ないほど幸せな夢を見た。ような気がした。











(思いがけず怖いテレビ見てしまって寝れなくなっちゃったんだと思いますよ。)












 ――っくしゅん。

「寒いか?」

 枕に顔を押し付けてくしゃみをした私に、土方さんが意外そうに言った。私は肩を震わせて、サイドボードに乗っているティッシュボックスに手を伸ばす。あと数センチのところで届かなくてうんと伸びをしていたら、土方さんがボックスごと近くに寄せてくれた。

「ありがとうございます。ちょっと、冷房が」
「あぁ、女ってそういうの弱いんだっけ」
「人によると思いますけど」

 ぷん、と控えめに鼻をかむ。もう一度腕を伸ばしてゴミ箱に放り込む。やっぱり少し寒くて、無駄と知りつつ自分で自分の肩を抱いてみた。設定温度が低いわけではないと思うけれど、生身の素肌に直接冷風があたると体の芯にこたえる。少し体をずらせばいいのかもしれないけれど、寝返りを打つスペースのないベッドの上は不自由だったし、それに、切り立った崖が目の前に立ちはだかっているような土方さんの肌色の背中を、まだ見上げていたかった。体の芯に残る甘く熱い余韻に浸りながら。

「じゃぁ、これでも羽織ってろよ」

 と、言うなり、土方さんはベッドの下から何かを掴み上げて、それを私の体に覆いかぶせた。真っ黒なそれは隊服の上着だ。任務のために頑丈に作られているそれは、直接肌に触れるとごわごわして、お世辞にも着心地がいいとは言えない。床に落ちていたので少し埃っぽいし、なにより重い。

 土方さんはこんなものを着て毎日任務に当たっているのかと想像してみる。なんだかとても肩のこりそうなことだと思う。我ながら、まったく呑気なことだ。とはいえ、ベッドに裸で寝転がりながら、煙草を吸う土方さんの背中を見上げているこの状況では、呑気なことしか考えられないのも無理のないことだった。

 もぞもぞと両腕を動かして、隊服の袖に両腕を通してみる。当然サイズが合わなくて、両手が袖口から出ないし、肩はあまってずり落ちる。裾は腰をすっぽり隠してしまうほど長くて、まるで大人の服を着た子どものようだ。なんだか妙な感じがして、つい口元がにやけてしまう。

「何やってんだよ、お前?」

 土方さんが肩越しに振り返って目を細くした。

「寒かったから」
「それは聞いた」

 私は上体を起こして、見せびらかすように両腕を広げてみせた。

「似合う?」
「似合うわけねぇだろ」

 にべもないその言い方がおかしくて、私は声を上げて笑った。開いた前の方から冷風が隙間風のように吹き込んで来るのがくすぐったくて、腕で前を合わせる。と、それに対抗するように、土方さんは隊服の裾を引っ張ってきた。

「似合わねぇから、返せ」
「やだ、寒いんだもの」
「自分のもん着ろよ」
「どこにあるか分かんない」
「どっかにはあんだろうが」
「もうちょっとだけ」

 むっと唇を尖らせた土方さんが私の腕を掴む。脱がされそうになる上着をもう片方の腕で死守する。何もそこまでするほどのことではないとお互いに分かっているけれど、あんまり楽しくてお互いに引っ込みがつかなくなる。さんざんもみ合ったあげく、両腕を取られてベッドに押し倒された私の上に、土方さんは遠慮なく乗っかってきた。
「いい加減、観念しろ」

 土方さんは心底楽しそうな目をしてそう言った。

「熱くしてくれたら、脱ぐわ」

 挑発するようにそう言って、今日何度目になるか分からない口付けを誘った。







(彼シャツ、ならぬ彼隊服。)







20190218