の肌は冷たい。真夏のむせ返るような暑さの中でも決して溶けない氷のようだ。
 日が暮れても気がおかしくなりそうなほど暑い江戸の夕暮れ、土方はの腕で体のほてりを冷ましていた。きめ細やかで滑らかな肌に頬を押し当てる。しばらくそうしているとの肌に土方の熱が移ってしまうから、そのたびに頬の位置をずらしていく。

「いつまでそうしてるの?」

 が不満そうに呟く声を聞いたけれど、土方はそれにかまわずまた少し頬の位置をずらした。

「もうちょっと」
「べたべたして、暑苦しいわ」
「俺は気持ちいい」
「あぁ、そう」

 はあっさり諦めて、くたりと腕の力を抜いた。土方はせめて愛情表現を忘れまいとの尖った肘に口づけをする。めくり上げた袖がさらさらと音を立てて耳から涼しい気配を運んでくる。
 軽い手触りの麻の着物を剥ぎ取って体全部を重ねたら、全身での涼しい体を堪能できるだろう。ついさっき風呂を使ったばかりだというのにもう汗ばんできた体に、それはきっとこの上なく心地良いに違いない。けれどそうしたら最後、あっという間に土方の体温がの体に移って、同じ温度に溶けあったふたりの体はひとつになる。もちろんそれも楽しみだけれど、今はまだこの冷たさを味わっていたかった。今夜は熱帯夜だ。

 の腕を持ち上げて、二の腕の内側の冷たさを味わっていたときだった。
 どんっ、という腹の底に響くような音がした。

 ぴくりと腕を振るわせたが窓を振り返る。その視線の先を追うと、障子の向こうに赤い光がぼやけたのが見えた。

「もしかして、花火?」

 言うなり、はするりと土方の腕の中から抜け出して窓を開けた。もう日は暮れているとはいえ、空はまだ昼間の太陽の名残りを残している。はだけた裾がほの明るい空の下に露になる。

「おい、そんな格好で乗り出すなよ。人に見られるぞ」
「大丈夫。それより花火よ。どこでやってるのか知ってる?」
「俺が知るわけないだろ」

 窓の桟に両手をついて外に体を乗り出すは今にも外に転げ落ちてしまいそうで、土方はとっさに後ろからの腰を掴んで支えてやった。

 見下ろせば、窓の下はすぐ堀になっていた。辺りを見回しても人影はないようだ。それでも土方はの襟をそっと整えてやった。

 再び、爆発音に合わせて空が七色に光る。は息を飲んで空を見上げていたけれど、光が滲む空が屋根の向こうに少し見えただけだ。

「あぁ、見えない」

 ががっかりして肩を落とす。
 土方はの頭越しにそれを見やって言った。

「近そうだけど、ここからじゃ角度が悪いな」
「今から行ったら間に合うかしら?」
「こんな暑苦しいところに出て行きたくねぇよ」
「でも、せっかくの花火なのに」
「今日を限りに見納めってわけでもねぇだろ」

 は振り返りざま、恨みがましく土方を睨む。

「土方さんは本当に風情がないわね」
「侍にそんなもの必要ねぇよ。それに、他にもいいことはあるだろ」

 土方は言いながら、の腰を強く引き寄せてうなじに唇を押し当てる。はかすかに甘い息を漏らしたが、抵抗した。

「やだ、待って」
「なんで」
「もしかしたら、端っこだけでも見えるかもしれないでしょ」

 土方はしかたなく、腕の力を緩めた。はもう一度身を乗り出して、見えない花火が色とりどりに染める空を見つめている。まるで決して手の届かない相手に恋い焦がれるような眼差しで、土方は胸をむかつかせた。

 せっかくふたりきりでいるというのに、見えない花火ばかり見ているというのはどういう了見だろう。諦めが悪いったらない。

「やっぱり、無理かしら」

 口ではそう言いながら、は往生際悪くさらに窓から身を乗り出す。もう上半身はすっかり窓の外に出てしまっていて、土方が手を離したら真っ逆さまに堀に落ちてしまいそうだ。

 いたずら心が湧いて、土方はほんの一瞬、の腰を支える手の力を抜いた。

「きゃ……!」

 想像通り、は頭から堀に落下しそうになる。間一髪、土方が腰を掴んで事なきを得たが、その腕の中にすっぽりと納まった瞬間に土方が何をしたのか理解したは、眉を吊り上げて土方の胸を叩いた。

「なんてことするの!?」
「ちょっと驚かせただけだろ」
「本当に落ちるかと思った!」
「だから、ちゃんと受け止めてやっただろうが」
「わざとこんなことして、ひどい!」

 土方はの振り上げる拳を避けながら、つい笑ってしまった。そのの顔。怒りと夏の暑さで紅潮した頬、吊り上がった目尻、尖った唇。その全てがいじらしくてこの上なく愛おしい。

 土方はが振り上げたこぶしをいとも簡単に受け止めると、恨み言を喚き散らしているの唇を自分のそれでふさいだ。

 花火が打ちあがる爆発音、火花がはじけながら夜空を舞う、極彩色に染まる雲、風の中にほんの少し焦げ臭いにおいが混じる。堀を流れる水の冷たい気配がここまで昇ってきて、汗ばんだ肌に心地良い。

 の冷たい肌は、いつの間にか土方と同じ温度に染まっていた。

「花火を見に行きたかったわ」

 唇を離した直後も、は未練たらしく言った。
 土方はの帯を手探りでほどきながら言った。

「なんでそんなにこだわるんだよ?」
「きれいなものを見たいと思うのがそんなにおかしい?」

 着物の襟を開いて、の肌を露にする。夏の明るい夜の下、それは絹のように滑らかで内側から光を発しているように白い。指や唇を滑らせると、花が咲くように赤く染まる。土方の熱が移って吹き出す汗はその蜜だ。

 夜空を彩る大輪の花より、この腕の中に咲く小さな花の方がずっとずっときれいだ。
 その思いを言葉にできるほど口達者でない土方は、この不機嫌な花を満足させることだけに短い夏の夜の全てを費やした。










Thanks a lot! JUNKO-SAN!!


20181222