どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 近頃よく不審者が出没するという百貨店の見回りを強化することになり、その日、当番に当たっていた土方は山崎と連れ立ってきらびやかな店内を巡回していた。

 眩しいほどの照明に照らされる豪華な着物、甘い香水の香り、育ちの良さそうな人間ばかりが行き交う店内では、真選組の隊服はいかにも物々しく完全に場違いだが、市井の平和を守るためには、たとえ露骨に煙たがられようが耐えねばならない。

 たまたま通りがかった店のショーケースに飾られていた簪が目に入った瞬間、土方の脳裏にの顔がちらついた。それは珍しいことだった。土方は仕事中、仕事以外の事は極力考えないようにしている。

 おかしいな、と思った瞬間、店員が「何か気になるものでも?」と営業スマイルを浮かべて身を乗り出してきた。

「こちらは今日入荷したばかりの新商品でして、京の有名な職人が作った一点ものなんですよ、派手さはありませんがこの繊細な細工が素晴らしくて、この技を持っている職人はなかなかいないんですよ、さすが真選組の副長殿、お目が高い! 恋人への贈り物ですか、お包みしますよ、包装代はサービスさせてください!」

 そうしてどういうわけか、あれよあれよという間に土方の手の上にその包みが乗っかってしまったのだった。

「あれ、副長買い物したんですか?」

 呑気な顔をして山崎が言う。その呑気な言い方に無性に腹が立って、土方は理不尽な拳を山崎の肩に打ち込んだ。





 土方は重いため息を吐く。

 仕事道具しかない殺風景な部屋の真ん中に、ちょこんと鎮座するそれの似つかわしくないことといったらいっそ滑稽だった。繊細なリボンをかけた小さなプレゼントボックス。目に入ると仕事にならないくらい目障りだから、押入れの中に押し込んでみたけれど、それはそれで気になって仕方がなく、土方はそれを机の上に持ってきて腕組みをして睨みつけている。

 何をしたくてこんなもの買ってしまったのか、土方自身にも分からなかった。に贈る以外に使い道はないわけだからそうするしかないのだけれど、何か計画していたわけでもなく、つまり自分のしでかした想定外の事態に混乱しているのだった。

 誕生日プレゼントにでもしようかと考えてみたが、の誕生日をぱっと思い出せずに眉間に皺を寄せる。履歴書を見れば分かることだがわざわざ倉庫に行かなければならないし、そこまでするくらいなら直接聞いた方が早いがそれも失礼なことのような気がする。それに、その日があんまり先だったら、押し入れにしまい込んだまま忘れ去ってしまう可能性もあるし、こうやって悩んでいる暇があるならさっさと渡してしまったほうが気も楽になるような気がする。少なくとも、こんなことに頭を悩ませて仕事が手につかないという状況は打破できる。けれど、なんの口実もなくこれだけひょいと渡してしまうのも風情がないし、百貨店の店員いわく、とてもいい品らしいから、それなりの贈り方をしてやらないと格好がつかないんじゃないか。

 土方がほとんど痛むように頭を抱えてうなだれていると、ほとほとと足音が聞こえてきた。土方が包みを文机の下に隠してもっともらしく筆を持ち直したりしていたら、ひょこりと顔を見せたのはだった。

「ご苦労様です。吸殻ありますか?」
「おぉ、頼む」

 土方は、包みを隠しておいて良かったと、内心ほっとした。と、同時に、いや待てよと疑問も浮かんだ。こんな風に悩んでいるひまがあるならさっさと渡してしまった方が間違いなく気は楽になる。けれど吸殻を回収しにきたこのタイミングではムードもへったくれもないと思えて、とてもここで言い出す気にもなれない。

 全くいい考えが浮かばない。ニコチンの力で何かいいアイディアが浮かばないだろうかと、土方は取り縋るような気持ちで煙草に火を着けた。

「お忙しそうですね」
「今日中に終わらせときてぇんだよ。明日休みだからな」
「そうなんですか。何かご予定でも?」
「別に何もねぇけど」
「それじゃ、ゆっくり休めますね」
「お前は明日も仕事?」
「えぇ、明日は市場に仕入れの相談へ行ってきます」
「そっか、忙しそうだな」

 難しい事を考えすぎて肩が凝った気がして、土方はこきりと首を傾けた。いやにいい音がして、は心配そうな顔をして笑った。

「あんまり無理なさらないで、早く休んでくださいね」

 その気遣わしげな声に、土方は複雑な気持ちになった。仕事とは全く関係のないことに頭を悩ませて疲れてしまっただけなのに、いかにも雑務に追われてくたくたになっているような振る舞いをして、何をやっているのだか。

 けれどいまさら本当のことを話す気にもなれなくて、気まずさをごまかすために筆を取り直して墨を含ませる。書くべき文字もなく硯の上に滑る筆は、浜辺に打ち上げられてなすすべもなくのたうち回る魚の尾ひれのようで、それは頭を抱えてじたばたともがく土方にそっくりだった。

「それじゃ、失礼します」

 が膝を引いて、立ち上がろうとする。土方は慌ててそれを引き留めた。

「なぁ。明日、仕事は何時までだ?」
「夕方には終わると思いますけど」
「なら、飯でも食いに行かねぇか?」
「あら、いいんですか?」
「だから誘ってんだろうが」
「嬉しいです。連れてってください」

 が笑って頷くから土方まで嬉しくなって、口元がにやけてしまいそうになるのをなんとか堪えた。ふたりで食事に行くなんて久しぶりだった。何かと騒がしいことばかり起こるこの屯所では、顔は見れてもなかなかゆっくり話もできない。

「じゃ、明日な」
「はい」

 それまでには、なんとかいい作戦が思いつくといいのだがと、土方は祈るような気持ちで思った。





 仕事を片付けるのに真夜中過ぎまでかかり、数時間だけ眠っていつも通りに眼を覚ます。身支度を整えて、早朝の稽古。しばらくひとりで木刀を振っていると、ちらほらと隊士達が眠そうに眼をこすりながら顔を見せ始める。素振りをはじめる隊士達に発破をかけたら、土方の稽古は終わりだ。申し出があれば手合わせのひとつやふたつしてやることもあるが、今日はそもそも休日だった。

 顔を洗って着替えをして食堂に行く。はいなかった。台所仕事は人に任せて、別の仕事でもしているのだろう、掃除か洗濯か、どちらにせよ、顔を見ずに済んで助かったと、土方はほっとした。今はどんな顔をして話をすればいいのか分からなかった。

 土方が食堂を出て部屋へ戻ると、鉄之助が茶器を持って顔を見せた。

「俺ァ今日休みなんだから、わざわざ淹れにこんでもいいんだぞ」

 いかにも鬱陶しいという態度を隠さずに土方は言ったが、鉄之助はまったくめげずに笑った。

「いいえ! 毎日やらないと忘れてしまうので! 練習させてください!」

 鉄之助の淹れる茶はまずい。いったいどういう淹れ方をしたらあんなに渋い味になるのか、そばで見ていてもちっとも分からない。鉄之助なりに丁寧に淹れた茶は、やっぱり眉根が寄るほどまずくて、土方は眉間に深い皺を刻みながらなんとかそれを飲み込んだ。

「今日は、屯所でゆっくり休まれるんですか?」
「いや、出掛ける」
「では、お伴します!」
「てめぇは素振りでもしてろ。今のままじゃいつまでたっても現場に出れねぇぞ」
「けど俺は副長の小姓ですから」
「頼むから、今日はひとりにしておいてくれ、一緒にいられても邪魔だ、鬱陶しい」
「あ、もしかしてさんとデートですか?」

 ずばりと言われて、土方の眉間の皺が一段と深くなった。それが図星を刺されたためだと鉄之助にも分かったのだろう。

「それじゃお伴するわけには行きませんねぇ」

 と言って、鉄之助は餅のように白くて丸い顔を緩ませた。物わかりのいいふりをした大人ぶった態度に土方はいらいらしたけれど、いくつも年下のがきにあたるほど大人気ないつもりはないのでぐっとこらえた。

「分かったんならさっさと出ていけ」
「あれ、でもさんはお休みじゃないですよね? さっき洗濯物干しているところ見ましたよ」
「話を聞けよ。約束は夕方からなんだよ」
「あ、なんだ、そうなんですね、それまでにさんのお仕事片付くといいですね」
「お前本当いい加減にしろよ」

 このままではらちがあかない。土方は手近にあった帳面を一枚破きとって走り書きすると、鉄之助の目の前にそれを突き付けた。

「この店、この時間に予約しとけ。席は二つな」
「あ、この店知ってます。佐々木家の父がよく愛人を連れて行ってました」
「いい加減黙らねぇとその口二度ときけねぇようにしてやんぞ」

 ようやく口を閉じた鉄之助は、それでも楽しげに笑っていた。とのデートがどうして鉄之助を喜ばせる結果になるのか、いくつも年下の子どもにからかわれているような気がして気分が悪かった。





 昼前に屯所を出て、行きつけの定食屋で昼食をとる。

「おばちゃん、いつもの」
「はいよ、土方スペシャル一丁。あら、土方さんってばどうしたの? ひどい顔して」

 馴染みの女将に目を丸くしてそう言われ、土方はげんなりした。昼飯くらい誰にも構われずに静かに取りたかった、どうやらそうもいかないらしい。

「なんでもねぇよ、ちょっと疲れてるだけだ」
「そういえば、制服じゃないところ見るの久しぶりね」
「近頃忙しくてな、久々のオフなんだ」
「そう、ゆっくりしていってね」
「そうそう、人間働いてばっかりはよくないよ。たまには息抜きもしないと」
「年がら年中息抜きしかしてねぇてめぇに言われたって説得力ねぇんだよ」

 万事屋・坂田銀時は、温かいあんこがてんこ盛りになったどんぶりを口にかっこみながら、死んだ魚の目をして言う。土方はぐったりとため息を吐いてうなだれた。

「どーした? 荒れてんな」
「なんでもねぇよ」
「なんでもねぇって顔してねぇぞ、鏡見たか? 目の下のくま、えぐいぞ」
「てめぇと違って俺は忙しいんだよ」
「へぇへぇ、暇人にお役人の苦労は分かりませんよ」
「だったら黙ってろ、飯食いながらしゃべるな、あんこ飛んでんだよ」
「あぁ、悪い」

 銀時は、テーブルに落ちたあんこの粒を箸を持った指でつまんで、口に放り込んだ。まったく下品だったらありゃしない。土方だって屯所で食事をしていれば同じことはするかもしれないが、自分のことは棚に上げて土方は目を細めた。

「それにしても、せっかくの休日に定食屋でひとり飯ってのはどうなの?」
「どういう意味だよ?」
「や、深い意味はねぇけど。彼女とデートでもすりゃいいじゃん」
「あいつは仕事だよ」
「へぇ、そりゃ残念だな」

 爪楊枝で、歯の間に挟まった小豆の皮をしーしー言いながら取っているのが、胸が悪くなるほど気持ちが悪い。炊き立てご飯の上でとろりととろけるマヨネーズの味を噛みしめるふりをして目を逸らした。

「お前だってそうだろうが」
「俺は別にひとりもんだし。新八は家で飯食うって言うし、神楽にいたっては、そよ姫様んとこ遊びに行ってるから俺よりいいもん食ってるよ」
「あぁ、そういやそんなこと言ってたな」
「なんだ、土方くん知ってたの?」
「姫様がお忍びで外出するときには、俺も護衛についたりしてるからな。姫様の動向は耳には入ってくるんだよ」
「実際のところあのふたりどうなの? 本当に仲いいの?」
「なんだよ、藪から棒に」
「いやね、姫様みたいな生粋のセレブと一緒にいて嫌な思いとかしてないのかと思ってさ。うちの神楽ちゃん、根っからの貧乏体質で下品で粗野だから心配なんだよねぇ」

 その原因の一旦は明らかにお前にあるんじゃないのか、と言ってやりたかったが、話の腰を折るのが面倒だったのでやめた。

「姫様には、最近まで同じ年頃の友達とかいなかったからな。以前は、いかにも深層の姫らしく大人しくて清楚なお方だったけど、あいつと知り合ってからは、護衛の俺らにも手に負えねぇくらいのお転婆だよ」
「うわ、それ絶対神楽の影響じゃねーか」

 両手で顔を覆って体を傾ける万事屋は、いかにも肩身が狭そうだ。こいつがそこまで気に病むことかね。

「俺が言うことじゃねぇかもしれねぇけど、別にいいんじゃねぇの。姫様とはいえ、やんちゃはガキの内にやっといた方がいい」
「そりゃ分かるけどさ、それは俺達みたいな凡人の理屈だろ。姫様にその常識が通用するかね?」
「俺が知るか」
「んだよ、冷てぇな。人がこんなに悩んでるっつーのによ」

 悩んでいるのはこっちだっつーの、という言葉を、土方はなんとか飲み込んだ。





 結局、待ち合わせの時間まで悶々としながら過ごし、暇つぶしに見た映画も、本屋で立ち読みをした雑誌も、内容がちっとも頭に入ってこなかった。

「今日、お休みだったんですよね? 大丈夫です?」

 待ち合わせ場所で顔を合わせるなり、は気づかわしげな顔をしてそう言った。
 疲れた顔を見せてはいけないと思うものの、何の悩みもないふりをしてへらへら笑う気にもなれず、土方は煙草を吸う手で顔を半分隠してごまかした。

「なんでもねぇよ、ちゃんと休んだっつーの」
「ならいいんですけど」

 は土方の隣について歩いて来たけれど、人目を気にしているのか、土方と肩を並べないようにほんの少し斜め後ろを歩いていた。いつもの着物、いつもの巾着、いつもの髪型、少しも気取らない雰囲気で、そんなを見ているとプレゼントひとつでこんなにも心乱れてしまう自分がいっそうみっともなく思えてきた。結局、一日がかりで考えてなんの妙案も浮かばなかっただなんて、なんてざまだ。

 落ちこむ土方にさらに追い打ちをかけたのは、件の店に席が取れていなかったことだった。鉄之助が時間を間違えて予約していたらしい。土方は目元を手で覆って、眉間に浮いた青筋を隠した。こういう大事なことを鉄之助に頼むのではなかった。あいつがひとつの仕事こなすのに間違いをおかさないことはないのに。

 情けないやら恥ずかしいやらで、の顔をまともに見ることもできない。せっかく久しぶりにふたりきりで過ごせる夜なのに、出足からこんな失敗をしてかっこうもつかない。

 土方は絞り出すような声で言った。

「……すまん」
「仕方ありませんよ。他のお店探しましょ」

 は気を遣ってそう言ってくれたけれど、その声がどんなに穏やかで優しくても、顔が見えないだけで責められているような気になった。

 あてもなく夕暮れが近づく街を歩きながら、土方は情けなさが極致に達して、もはや自暴自棄な気持ちになった。何も取り繕う気持ちも起きず、煙草に火を着けて一服する。は大人しく土方の後をついてくる。なんだかもう、なにもかもがどうでも良く思えてきた。どうしてこんなことになったのだ。ただに簪を渡したかっただけのことなのに、何をこんなにも悩む必要があるんだろう。そう考えるだに、自分のことながらほとほと馬鹿らしくなってきた。

「ねぇ、土方さん」

 ふと、が土方の袖を引いた。

「なんだ?」
「あそこ、市が立ってますよ」

 が指を差した方を見ると、寺の参道沿いに露店や屋台、掛茶屋が立ち並んでいた。夕方になって店仕舞いをはじめている店もあるが、まだ人通りも多く賑わっている。どうやら、今日は縁日らしい。

「少しだけのぞいていきませんか?」
「もう終いなんじゃねぇのか?」
「ちょっとだけ、ね」

 があんまり目を輝かせてそういうものだから、土方は袖を引かれるまま参道に足を踏み入れた。

 子どもから年寄りまで、賑やか人出だ。地元に馴染んだ縁日なのだろう、金物屋や花屋、八百屋までが露店を出している。さすがにこの時間になると品ぞろえも寂しくなっているが、店主はみな清々しい顔をして呼び込みの声を上げていた。

 は瀬戸物屋の露店の前で足を止めると、渋い色味の湯呑を手に取った。

「こういうの、どうですか?」
「どうって?」
「土方さんの湯呑、足が少し欠けちゃってるでしょう」

 それも鉄之助の粗相のひとつだ。言われなければ気づかないほど小さな欠けだからあまり気にせずに使い続けていたのだが、さすがには気づいていたらしい。

「別に、茶が飲めれば何でもいいって」
「せっかくなんですから、見るだけでも」

 が選んだ湯呑を差し出してくるので、手に取って眺めてみる。深い色をした焼き物で手のひらにずっしりと重い。確かに、足が欠けた湯呑で飲む茶より、こういう湯呑で飲む茶の方が美味いかもしれない。無造作に張られた値札には驚くほどかわいらしい数字が書き込まれていて、0の数を数え間違えたのかと思うほどだった。

 は別の湯呑を手に取り、「ふたつ買ってくれたら負けてやるよ」という店主の話を相槌を打ちながら聞いている。

「どのくらい負けてくれます?」
「そうだね、これでどう?」

 店主が指を三本立てたのがどういう意味なのかは分からなかったが、が満足そうに笑ったからそうけち臭い負け方ではないのだろう。

「どうですか? 土方さん」
「そうだな……」

 湯呑を見下ろしながら、土方は全く別のことを考えていた。

 誰かに物を贈ろうというとき、値段とか包装とか、ましてやそれを渡すための場所とか時間とかは土方が思うよりずっと些末な問題で、相手のことを真に思っているのであればそれは露店で安売りされてる湯呑ひとつでもかまいはしないのかもしれない。その証拠に、が自分のために選んでくれた湯呑を手に持っているだけで、土方は確かに満足感を覚えていた。は少しだけもったいないような顔をしたけれど、それだから土方は湯呑を買わなかった。

 しばらくふたりで花屋や玩具屋の露店を冷やかして、日も落ちかけた頃、閉店間際の掛茶屋で団子と茶を買った。朱色の布を張った腰掛けに並んで、暮れなずむ空と、だんだんと人通りが少なくなっていく寺の参道を眺めながら、土方は懐に片手を差し込んだ。

「これ、やる」

 自分でも驚くほど落ち着いた気持ちで、土方はそう言った。は茶を体の脇に置いてからまったくあっさりと、まるで空いた食器を下げるような気安でそれを受け取った。

「何ですか?」
「まぁ、なんだ。さっきのぞいた雑貨屋で買った」
「えぇ? いつの間に?」

 が半笑いになるのも当然だった。どうして明らかに嘘だと分かる嘘をつく必要があるのか、土方自身にも分からない。口から勝手にこぼれ落ちるでまかせは、くだらないプライドの欠片だ。の前で格好をつけたい、みっともない恥ずかしい真似はしたくない。自慢に思ってもらえるような男でありたい。けれど、それを意識すればするほどうまくいかない。そういう自分の性分は今日一日で嫌というほど理解できた。

 これが俺だ。思い返せば昔からそうだった。女のこととなると途端にぐずぐずと悩んで、考えすぎて、もっとスマートにこなしたいのにちっともうまくいかなくてみっともなくて情けない。

 もきっと、とっくにそれを分かっている。分かっていても、こうして隣に座って一緒に茶を飲んだりしてくれるのだ。

 豪快に団子を横食いした土方は、横目でを見やってぎょっとした。はまるで十字架を捧げ持つように簪を持ち、何かこらえるような顔をしてぐっと唇を噛んでいた。少し強い風が吹いてきて、飛ばされそうになった包装紙を土方は慌てて掴んで拾った。

「あぁっ、すいません……!」
「どうした? ぼけっとして」
「いや、だってあの……」

 はいまさら照れくさそうに風に乱れた髪を耳にかけ、土方の目を見ずにしどろもどろに言った。

「こんなの、初めてじゃないですか」
「だからってそんな顔しなくても」
「すごい。こんな立派なもの……」

 は我慢ができなくなったように笑い出した。日差しに暖められた掛茶屋の腰かけのような、ほんのりと温かい笑い声だった。聞いているだけで体の奥からほかほかとしてくるようで、つられて土方もひっそりと口角を持ち上げた。

「うれしい」

 ひとりごとのように呟いて、は簪を宝物のように胸に抱く。本当にひとりごとのような言い方だったので、土方は何も答えずにそっと煙草に火を着けた。

 吐いた煙が、空に昇ってそのまま雲になるようで、東の空は夜の裾がたなびくような群青色が広がり始めている。その中に光り輝く一番星を見つけて、土方はなんだか得をしたような気分になった。




 それから、土方の行きつけの居酒屋で食事をした。気取らない雰囲気の店で、大将とは土方もも顔見知りだ。乾杯をする前に手洗いに立ったは、土方の隣に戻ってきたとき、その簪で髪を結い直してきてくれた。派手な細工ではないが、照明の光をはじいてときたま鈍く光るそれは、の飾らない笑顔によく似合って、土方は我知らず目を離せなくなる。その笑顔は、はじめて百貨店で簪を見つけた時に思い浮かんだの笑顔と全く同じだった。

 何も間違ってはいなかった。安心した土方はいつになく愉快な気分で酒を煽った。

 ふたりで気分よく飲んで食べて、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

 明日は土方もも朝早くから仕事だ。この夜が終わってしまうのが惜しくて、が笑っている一分一秒も無駄にしたくなくて、連れ込み宿に入るなり、土方はを壁際に押し付けてその顎を掴んだ。

「え、や、土方さん、ちょっと、待って」

 は酔いの回った顔で笑った。

「なんで」
「だって」

 土方から逃れようとして身を捩ったは、とっさに巾着を落としてしまう。土方はの足の間に自分の足を押し込んでさらに迫る。既に固くなっているそれを押し付けられて、が笑顔の奥でぎくりとしたのが手に取るように分かった。

「なに?」
「ちょっと、落ち着いて」
「俺は落ち着いてる」
「待ってってば」
「待てない」

 土方は抵抗するを体全体を使って壁に押し付けて、強引に唇を吸った。壁と土方との間でサンドイッチになったは全く身動きが取れず、土方にされるがまま息継ぎもままならない。

 土方の手がの顎から後頭部に向かって滑る。耳の後ろをさすりあげると、は土方の背に腕を回して、ひとりでは立っていられないようにしがみついてくる。その拍子に、土方はの髪を飾っていた簪を片手で引き抜いた。ばらりとほどけた髪の中に指を入れての後ろ頭を抱え込んだ土方は一層深くの口内に舌をねじ込んだ。

 ようやく唇を離したとき、は涙目になりながら荒い息をして言った。

「もう、待ってって言ったのに……っ」

 土方はの唾液に濡れた唇で聞き返す。

「だから、何を待ちゃいいんだよ?」
「だって、まだ……」

 は土方の腕にすがり付くように手を絡め、土方の手に握られたままの簪に手を伸ばす。

「まだちゃんと、ありがとうって言ってなかったから」

 土方の首筋に頬をぴったりとつけるように体を寄せて、は消え入りそうな声でそれを言った。

 の唇からこぼれる吐息が触れた肌から、体がしびれるような快感を覚えて、土方はそれに突き上げられるまま無我夢中でを抱いた。











20180717