twitter 140字SSより 「怖いのは雨が降ること」
「埃が付いてますよ」彼女はそう言って、ガムテープを手に巻きつけて俺の胸板をぺたぺたとやり出した。男の体を触ることになんのためらいもなく、きっと俺のことを好いているんだと思う。にっこり笑うからとっさに抱きしめたくなるけれど、勘違いかもと思うと怖かった。好きな女の前で、恥をかくのが。
宵の口に差し掛かろうという頃、屯所の廊下で土方さんと行き合った。土方さんは慌てた様子で足早に歩いて来たものだから、危うく正面からぶつかりそうになる。
「あぁ、すまん」
と、土方さんは身軽に体をかわして私を避けた。さすが、普段から体を鍛えている人は身のこなし方が違う。私なんかどんくさくて、とっさに何もできなかった。ほれぼれしてしまって、つい笑顔がこぼれた。
「いいえ。お出かけですか? こんな時間から?」
「あぁ、とっつぁんに呼び出されてな。近藤さんと行ってくる」
「あ、ちょっと待ってください」
土方さんはもどかしそうに振り返って目を険しくした。
「なんだよ、急いでんだよ」
「埃が付いてますよ、制服に」
「あぁ? どこに?」
「裾のところです、ほら、肩にも」
「ちょっとくらい誰も気にしねぇよ」
「松平様にお会いするなら、身だしなみには気を付けたほうがいいですよ。洒脱な方ですから、きっと気づきます」
土方さんは面倒くさそうに眉をしかめた。よっぽど急いでいるのか、そわそわして落ち着きがない。
私はとっさに、たまたま手に持っていたガムテープを手に巻き付けた。その手で、土方さんの制服をぽんぽんと叩くと、生地が少し毛羽立つけれど埃はとれる。
土方さんは驚いて身を引こうとしたけれど、その裾を掴んで逃げられないようにした。
「なんでガムテープなんか持ってんだよ?」
「障子の桟が折れちゃったので、応急処置してきたんです。すぐ済みますから、じっとしていてくださいな」
まったく、男の人はどうしてこう自分の着るものに無頓着なんだろう。普通のスーツと違って頑丈に作られている制服だとはいえ、手入れをしなければ汚れるし痛む。毎日ブラシをかけていればとっさの時にも慌てずに済むのに。しかも、真選組の隊士達は毎日の市中見廻りだの、攘夷浪士の取り締まりだので刃傷沙汰まで起こすのだから困りものだ。ただの埃だけならまだしも、血飛沫を浴びて帰ってきた日にはもう頭が痛くなってしまう。血痕は洗い流すのが大変なのよと、何度言っても聞く耳も持ってくれないんだから。そんな制服を着て上司との会談にいどむというのもまた血生臭い話だ。
土方さんの肩と胸の間あたりにガムテープを巻き付けた手を押し当てて、はがす。ぴりりと音を立ててはがれるガムテープ、その向こうにある厚い胸板の感触が手のひらに伝わってきて、なんだか変な気持ちになってきた。
気が付けば、私のつま先と土方さんのつま先が今にもぶつかりそうなくらい近くにある。いつの間にこんなに近づいてしまったんだろう。そもそも、埃を取るためとはいえ、べたべたと体に触ったりして不躾だったかしら。私、あつかましい? でも、手にガムテープなんか巻いていて色気の欠片もないし、ちょっとしたお節介とでも思ってくれるといいんだけれど。
と、ガムテープを巻いたままの私の手を、土方さんが掴んだ。
「もう大丈夫だろ。そろそろ行かねぇと」
反対の腕が、そっと私の肩を抱く。とっさに、体が強張って動けなくなってしまう。
「ありがとうな」
耳元で、土方さんの声と吐息。
あっという間に、土方さんの腕はするりとほどけてしまった。ガムテープでくっついてしまった私と土方さんの手が、べりりと大きな音を立てて、気のせいだと分かっていても手のひらの皮膚が破れてしまったような錯覚すら覚えた。
「行ってくる。後のことは総悟に任せてある」
「はい。行ってらっしゃい。お気をつけて」
足早に去って行く土方さんの背中を見送って、ぽつねんとひとり廊下に取り残される。
どこからか吹き込んでくる冷たい風が頬にあたると気持ちが良くて、触れてみると驚くほど熱かった。
今、私、何をされたの?
20180501