の体の上に覆いかぶさって口づけを楽しんでいたら、ふいに、
に胸元を押し返された。せっかく気持ちがいいのに何かと思って、薄眼を開けて少しだけ体を起こしたら、
はぐるんと顔をそらしてかわいいくしゃみをした。
「ご、ごめんなさい」
と、いかにも気まずそうな鼻声で言う。
あれだけ強い雨に打たれてびしょ濡れになったのだから、体が冷えたのだろう。まだ髪も乾いていないし、指先に絡めてみるとそれは驚くほど冷たい。
「寒い?」
「少し。でも平気」
「本当に?」
はぐず、と鼻をすすると、睨むような目をして俺を見上げてくる。まだ怒っているのか、それともただ口づけの最中にしたくしゃみに照れているのか、どちらかは分からないが(たぶんどっちもだろう)、どうして
の怒り顔はこうも俺を煽るのだろう。
「じゃあ、土方さんが、温めて」
の腕が俺の首に巻きつく。顔は怒っているくせに、態度だけは従順だ。抱いて欲しいなら抱いて欲しいと、素直に言えばいいのに、本当にかわいくない奴。
いつもなら、みかんの皮でもむくようにさっさと帯をほどいて丸裸にしてしまうところだが、寒さに凍えている
にそれをするのは憚られた。まじまじとその体を見下ろしながら考える。お互い裸で抱き合っていた方が確かに体は温まるだろうが、せっかく身に着けたばかりの着物を脱がせてしまうのはもったいないような気がした。
は自分には似合わないと言ったが、鮮やかな水色が
の肌の白さを際立てていて、俺には
の魅力をさらに引き出しているようにしか見えなかった。
「わっ、ちょっ、ひじかたさんなにしてるの……!?」
迷った末に、帯はほどかずに着物の裾をたくし上げて素足を撫でてみたら、
は半身を起こして抵抗の構えを見せる。
「寒いんだったら、脱ぐの嫌だろ」
「やだ、はずかし、きゃぁ!」
の左足を肩に担ぐようにして持ち上げると、呆気なく
の上半身は後ろに倒れた。
は体が硬くて、前屈しても指先が地面に届かないのだ。太腿の付け根まで露になった白い素足の向こうに、倒れ伏してどうにもできなくなった
の顔が見える。絶景だった。最高に気分がいい。足袋のつま先をつまんで足から引き抜くと、五つ並んだ足の爪が桜貝のようにきれいだった。
細い足首からふくらはぎに向かって舌を這わせる。
の体全体が小刻みに震えるのが分かる。
「……っんぅ」
両手で口をふさいで喘ぎ声が漏れないようにしているが、なんでそんなことをする必要があるのか分からない。どうせこの騒がしい雨音だ。
「我慢しねぇで、声出せばいいのに」
足に息がかかるところから言うと、
は体を固くして首を横に振った。何を考えているのか分からないが、とにかく声を出すのは嫌らしい。
何をいまさら恥ずかしがることがあるというのか、本当に分からない。
の体のことで俺が知らないことがあるとはもう思えないほど何度も何度も抱き合っているのに、一体俺の何が
にこんなにも居心地の悪い思いをさせるんだろう。慣れない着物を着ているからか? たったそれだけのことが、小娘のように耳まで真っ赤にしてしまうほど恥ずかしいことなのだろうか。なんだそれ。全く、理解ができない。
左足を舌で愛撫して、右足を空いた手のひらで撫でる。雨のせいで空気が湿っているせいか、
の白い肌もしっとりと湿って手のひらに吸い付いてくる。血が通っているはずなのに、氷のように冷たい肌だ。どうにかして温めてやりたくて、頬をこすりつけるように舐めてやる。太腿の内側、一番柔らかいそこには赤い痕を残してみる。つま先を手のひらでくるんで、マッサージをするように握り込んでみる。あらゆる手を尽くしてみたけれど、冷え切った
の足はなかなか温まらない。
本当なら、湯船にでも浸かって体の芯から温めてやりたいところなのだが、この宿には風呂がなく、客には近所の銭湯を使わせているというから、この雨ではそれも無茶な話だ。
はたくし上げた着物の裾を抱きしめて、荒い息を吐いていた。
「ひじかたさん、あしばっかり……」
「違うところも欲しい?」
下着の上から、足の付け根の内側に指を這わせてみる。そこはもうぐっしょり湿っていて、クリトリスのあたりを押してみる。俺の手はその場所をしっかり覚えているので少しも迷わない。思った通り、
の腰が跳ねた。
「んぅっ……!」
くぐもった喘ぎ声、
の腕に力がこもる。
太腿を抱え込むようにして肩に担ぎ、濡れた下着をさすり上げながら、まだ冷静な頭を使って言う。
「あのさ、こんなこと言うのもどうかと思うけど、その着物、借りもんなんだよな?」
「そ、れが、なに?」
「そんなに力いっぱい握りしめてたら皺にならねぇ?」
は世紀の大発見をした学者のように目を丸くして、やっと俺を見た。その顔がおかしくて思わず笑ったら、みるみる顔を赤くして怒っているのと泣きそうなのと半々の顔をする。
「脱ぐ、脱ぐから、ちょっと、休憩させて……!」
「お前、寒いんじゃなかったのかよ?」
「ちょっとくらいなら平気だから……!」
今にも泣きそうな声を出す
はそのままぐちゃぐちゃになるほど乱暴に抱いてしまいたいほど魅力的だったけれど、勝手をしてまた喧嘩にでもなったら面倒なので、仕方なく手を休めて足を下ろしてやる。
は俺が見ている前でするりと着物を脱いでみせ、長襦袢だけになってすぐに俺の腕の中に戻ってきた。
赤い頬と耳が子どものようにかわいくて両手で挟み込んでみる。りんごのように真っ赤なのに、触れると冷たい。俺の方が興奮して体温が上がっているだけかもしれないけれど、それにしても冷たい。濡れた髪が体温を奪っているのかもしれない。だが、この部屋にはドライヤーどころかコンセントもないのだ。安いからという理由でこんな前時代の遺物のような宿を取るのではなかった。
「ひじかたさんはちっとも寒くなさそうね」
手のひらの中で、
が不満そうに言う。
「まぁな。お前はちょっと冷えすぎ」
「雨の日って、なんだか底冷えするのよ」
改めて唇を触れ合わせて、もう一度押し倒す。腰ひもをほどいて前を開き、足を持ち上げてそこに俺の体を割り込ませる。見上げてくる
の照れくさそうな顔と、潤んだ視線。続きをするために、
の膝から太腿をたどってそこを探り当てる。もう十分すぎるくらい濡れているなと思って、下着の端をめくって指を差し込んでみる。
が息を詰めたのが気配で分かったが、俺は別の意味で息を詰めた。
こんなに濡れているのに、膣の中はまだ冷たかった。差し込んだ俺の指の方がまだ熱い。
の頬も耳も赤く染まっているのに、
の体の真ん中はこんなにも冷えているものか。
「どうしたの?」
「いや」
俺は襦袢の裾をまくり上げて下着を脱がせてしまうと、
の両足を大きく開いて濡れたそこに唇を押し付けた。
は相変わらず両手で口をふさいで喘いでいる。静かな抵抗を感じたが、とろりと蜜があふれるそこに舌を這わせることに集中した。鼻先にクリトリスがこすれるたび、
の腰が跳ねる。陰毛が頬にあたってくすぐったい。
水の匂いがした。しっとりと濃厚な、深く澄んだ匂い。森の奥深くにある泉の岸辺の、苔むした岩肌。美しい水に磨かれた川床の小石。
命が生まれる場所の匂いだと思った。
「あっ、あぁっ、ひ、じか、たさ、んっ、ちょっとっ、あぁあっ……!」
の腰が、突き上げるように大きく跳ねる。気が付いたら、無我夢中にしゃぶり付いていたらしい。そういえば、雨に水没させてしまったせいで煙草がないのだ。ずいぶん口が寂しがっていたようだ。
の体液で濡れた口元を拭って、指を奥深くまで差し込んで、内壁をこすってみる。さっきよりはずいぶん温かい。よかった。
「……や、やめてって、言って、るのにぃ……」
は肩で息をしながらうめいた。いつの間にか襦袢も脱げてしまって丸裸だ。
「あぁ、悪い、聞いてなかった」
「もうっ!」
「悪かったって」
体に覆いかぶさって、
の顔を覗き込んでみる。興奮して潤んだ瞳、頬はいよいよ赤く染まっていて、それは緩やかに体全体に広がっている。目に入ったので胸を掴んでもんでみる。あまり立派な胸ではないが、ささやかでかわいい。
と、
の手が俺の胸元に伸びてきた。
の手はスカーフをするりとほどくと、ベストのボタンを外して脱がせ、シャツのボタンを全て外し、ベルトのバックルも外した。
「どうしていつもひじかたさんは自分で脱がないの?」
どうしてもなにも、夢中で忘れていたのだ。やっている最中に自分の格好になど構っていられない。
「別にどうでもいいだろうが」
「嫌。私だけ脱がされるんじゃ不公平よ」
「お前が自分で脱いだんだろうが」
「嬉しかったでしょ?」
「そりゃぁな」
「私も、脱いでくれたら嬉しいのよ」
ズボンまで脱がせて俺を丸裸にすると、
は今日はじめて、心から嬉しそうに笑った。腕を伸ばしてくるので、抱きしめる。雨にしっとりと湿ったような肌がぴったりとくっついて気持ちがいい。俺の体の下敷きになって重くないはずはないのだが、
は嬉しそうに俺の耳元でくすくす笑った。
「ねぇ、ひじかたさん」
「うん?」
「私、まだごめんなさいって、言ってなかったわ」
「さっき言ってたじゃねぇか。くしゃみして」
「そうじゃなくて」
「あぁ」
は腕を緩めて、俺の顔を覗き込む。俺は
の体の上から降りて、隣に寝転がって
と向き合った。畳の上に寝転がるしかなかったので寝心地は良くなかったが、座布団を引っ張ってきて枕の代わりにしたらいくらかましになった。
は俺の腕を枕にした。
「ごめんなさい。いろいろ、言いすぎたわ」
俺は
の腰を掴んで引き寄せて、答えた。
「俺も、口うるさく言い過ぎた。悪かったな」
「本当に、ひじかたさんって口うるさいわよね。小姑みたい」
「うるせぇ。てめぇだって大人しい顔してるかと思えば結構辛辣なこと言うくせによ」
「そんなことないわ」
「どの口が言うんだか」
ふたりで見つめ合って笑った。
笑いながら、
が二度目のくしゃみをする。そのすっかり油断した顔がかわいくて両腕で力いっぱい抱きしめた。
の体を少しでも温めてやれるように、背中から抱きしめて体をぴったりくっつけて続きをする。体の前はどうしても空いてしまうので、脱ぎ捨てた襦袢をかけてやったら、
はそれを胸の辺りで抱きしめた。
「
」
の片足を抱え上げて、後ろから挿れる。
は甘い息を吐きながら返事をした。
「なに?」
「俺とするの、まだ恥ずかしい?」
「えぇ?」
ゆっくり腰を使いながら耳元で囁いてみる。
の首筋に鳥肌が立った。愛おしい気持ちになってそこに口づける。
は息も絶えだえに言った。
「なんでいま、そんなこと、聞くの?」
「不思議だから。そろそろ慣れねぇの?」
「自分でも、よく分からなくて……」
ふと、
は胸に抱いた襦袢に顔を押し付けようとするので、そうはさせまいと抱きしめた腕で邪魔をした。
ははっとして俺の目を見る。俺に見られていたことにたった今気づいたような顔をしていて、何をいまさら照れることがあるのか、俺には皆目分からない。
「そうやって、あんまり、見ないで……っ」
「なんで?」
「はずかしい……、んあッ! やだもう……っ、あぁあ……っ!」
「だから、なんでなんだって?」
「ひゃあぁッ! あぁあっ!」
ひときわ奥深くまで
の中を抉ったら、
はのけ反って悲鳴を上げるほど感じてくれた。かわいくてしかたがなかった。
突き上げるたびに腕の中で暴れる
の体に全力でしがみついて、馬鹿みたいに腰を振って射精した。頭の奥がしびれるほどの快感が襲ってきて、気がおかしくなりそうだった。
それからふたりで小一時間昼寝をした。
目が覚めたら、さっきまでの大雨が嘘のように晴れていた。雨に洗われた空は、子どもがペンキで塗ったような青色をしていていっそ気味が悪いくらいだ。
女将が乾かしくれたいつもの着物に着替えた
は、襟を整えながら窓のそばに立っていた俺の隣に立つと、大真面目な顔をして阿呆のようなことを言った。
「土方さんって、かっこいいんですよね」
「……急に何を言ってんだ?」
「普段はなんとも思わないんですけど、こう、スイッチが入ると人相が変わるというかなんというか……」
「そうか?」
「そうですよ」
の頬に手を伸ばして、すっかり乾いた髪を指ですくってみる。
は困ったような顔をして瞬きをした。
「お前が恥ずかしがるのって、あれか。俺の顔に見惚れてるからだって言いてぇの?」
自分で言うのも照れ臭かったが恥を忍んで問うてみる。
は困った顔のままへらりと笑った。
「はい。なんだか、そんなような気がしてきました」
女を抱くことは、人を斬ることに似ている。つまり
の好みは、今にも人を斬ろうとする時の激しい目をした俺の顔ということか。なんだか素直に喜べない。いや、たぶん
は俺を褒めているわけではないだろう。ただそういう自己分析をしたと、報告をしているだけだ。
なんにせよ、どういう顔をしてなんと返事をしたらいいか分からない。
「すいません、変なこと言って。忘れていいです」
はぱたぱたと髪を撫でつけるようなことをして、気まずい空気をどうにかしようとしている。どうにかしたいのは俺も同じだが、なんだか頭がぼんやりしてどうしたらいいのかさっぱり分からない。せめて一本だけでも煙草があれば間が持つのに。
「あー、そうだなぁ……」
どこかに気の利いた言葉が転がっていないかと、窓の外に視線をやってみる。嘘のように晴れ渡った空、地面にできた水たまりに空の青色が映って地上に空が切り取られていた。長靴を履いた子どもがそれを踏んで砕き、楽しそうに笑っている。
「そのうち慣れそう?」
「どうでしょう?」
「じゃぁ、慣れるまでやろうぜ」
「はぁ?」
振り返ると、
は魚のようにぽかんと口を開けて俺を見ていた。それがなんとも情けない顔でおかしかった。
「そんな誘い方ってありますか?」
「なんだよ。嫌なのか?」
「そんなことは、ないですけど」
「俺、気の利いたこととか言えねぇけど、お前のことは好きだよ」
言った後に気が付いて、照れくさくなった。こんなことを面と向かって言うのは初めてだ。笑われるかと思ったが、
はさっきと同じ大真面目な顔で俺と同じことを言った。
「私も、土方さんが好きです」
「じゃぁ、まだしばらくは一緒にいよう」
「はい」
「また喧嘩すっかもしんねぇけど」
「そうしたらまた、仲直りしましょう」
雨上がりの空の下を、ふたりで歩いて帰った。
子どもではないので水たまりにはしゃいだりはしなかったけれど、通りがかった車に水をはねられて危うくずぶ濡れになりかけたら、
は声を上げて笑った。
日の下で笑う
を見るのは久しぶりで、それだけで胸のすく思いがした。
「腹減ったな」
「屯所に戻ったらなにか作りましょうか」
「いや、どっかで食べていこうぜ」
「あぁ、それはいいですね」
20170620