蔵の中は昼日中だというのにいつも薄暗い。漆喰の白い壁がわずかに差し込む陽の光をぼんやりとはじいているが、じっとりと湿った床はそのわずかな光すら吸い込んでしまうように仄暗く、罪人の拷問部屋としてこれ以上ふさわしい場所はない。床材に染み込んでしまって何度洗っても落ち切らない血痕をブーツで踏んでそれとなく隠しながら、土方は蔵の奥に積み上がった長持やダンボールを開けては閉じ、開けては閉じしているの後ろ姿を気まずい気持ちで見守っていた。

「まだ見つかんねぇのか?」
「えぇ。確かこの辺りだったと思うんですけど」
「こんなとこにそんな大事なもんしまってんじゃねぇよ」
「だって、母屋の収納はもう一杯なんですもの」
「そもそも本当にここにしまったのか?」
「しまいましたよ。けど、いつの間にか長持の並びが変わっちゃってるんです」

 土方は煙草を咥えた口元をぎゅっと引き結んだ。
 長持の並びを変えたのは下っ端の隊士達で、それを指示したのは土方だった。が見上げている棚とは逆の棚には、あまりおおっぴらにはできない拷問器具が眠っている。それを使った後、もともとそこにあった長持を戻す場所が分からなくなってしまったがために、の探し物がどこかへ追いやられてしまったのだとは、土方は口が裂けても言えなかった。はこの蔵の中で何が行われているか露ほども知らないはずだし、知ってほしくもない。

「上も見てきますね」
「ほどほどにしておけよ」
「えぇ」

 と、返事をするなり、は急な階段に足を滑らせて派手に転んだ。がたたたん!と大きな音がして、転んだ拍子に舞い上がった埃がまるで土煙のようだ。はそれにむせてげほげほと咳き込んだ。

「おい、大丈夫か?」
「す、すいません、みっともない……」

 土方はの咳が落ち着くのを待ってから、右手と左肘をとって立ち上がらせてやる。 は照れているのか、土方の顔を見ずに消え入りそうな声で「ありがとうございます」と言った。

「怪我は」
「はい、大丈夫です」
「そこまでして探さなくったっていいだろ。もう戻ろうぜ」
「いえ、もう少し探してみます。きっと、どこかにあると思うんです」
「じゃぁ俺が探してきてやっから。お前はちょっと休んでろよ」
「そんな、土方さんにご迷惑はかけられません」
「ここまで付き合わせといて迷惑も何もあるかよ」

 でもだの、やっぱりだの言いつのるを押し切って、土方は蔵の上に上がると、あちこちに散らばっている長持をひっくり返して回った。掃除が行き届いていないらしく、箱を持ち上げては埃が舞い上がって黒い隊服が灰色になったり、天井から糸を垂らしてきた蜘蛛に驚いたりはしたが、の諦めの悪さにはとことん付き合うしかないと思ったのだ。土方のいないところで、触れられたくないところに手を触れられでもしたらたまったものではない。ふたりで探した方が早いだろうし、こんなところからは、さっさとを連れ出してしまいたかった。

 ところが、探し物は見つからないまま時は過ぎ、気がつけば窓からわずかに差し込む光が床に伸びる影を長くしていた。蔵の中に備え付けの照明はずいぶん前に電球が切れて以来放ったらかしだ。そろそろ潮時か、と思った時だった。

「土方さん?」

 階下から、の呼び声がした。きちんと届くように腹から声を出して応えた。

「やっぱ見つかんねーぞ」
「そうですか、あの、ちょっとご相談したいんですけど、いいですか?」

 の声はどこか不安げだった。もしやには見つけて欲しくないものを見つけてしまったのだろうかと慌てて階段を下りてみると、は扉の前でぽつねんと立ち尽くしていた。

「どうした?」
「あの、これってどうやって開くんでしたっけ?」
「はぁ?」

 の細腕が、無骨な扉の大きな取っ手を握っているのがなんとも頼りなく、土方は変わって取っ手を押してみた。扉はぴくりとも動かない。おかしい、と思って押したり引いたり扉をがたがた言わせてみたがまったく開く気配がなかった。

「お前、何したんだよ?」
「何もしてませんよ。気がついたら扉が閉まってて、おかしいなと思って調べてみたらこうなっていて……」
「俺が上に行っている間に誰かが来たか?」
「いいえ。あ、でも、棚の奥を見ていて戻ってきたら扉が閉まっていたので、もしかしたらその時に誰か来たのかも……」
「誰もいねーと思われて閉められちまったってことか」
「かもしれませんね」
「ったく、世話の焼ける……」

 土方はポケットから携帯電話を取り出した。外にいるであろう隊士の誰かに言って外から扉を開けさせようとしたのだが、こんな時に充電が切れてしまっていた。

「くそっ!」

 土方は悪態をついて扉を思い切り蹴飛ばした。

「……すいませんでした。私が不注意だったばっかりに……」

 は肩をすくませ、消え入りそうな声で言った。その声があんまりか細くて弱々しかったものだから、土方は物にあたってしまった自分を恥じた。

「いや、お前だけのせいじゃねぇよ」
「でも、下にいたのは私だったんですもの。本当にすいません……」
「だから、俺はお前を責めてねぇって。でかい声出して悪かったよ」
「これからどうしましょう」
「蔵に行くって、誰かに言ったか?」
「いいえ。土方さんは?」
「言ってねぇ」
「……どうしましょう」
「まぁ、お前が夕飯の時間になっても食堂に来なかったら誰かひとりくらいおかしいって思うんじゃねぇか」
「それを言うなら、土方さんだって」
「それはどうだろうな」

 土方はふと思い至って、苦虫を噛み潰したような顔をした。と一緒に土方が姿を消したと隊士達に気づかれたなら、むしろいらぬ気を遣われて捜索されない可能性の方が高い気がしたのだ。

 誰にも見つからず、蔵の中でミイラになり白骨化すると自分を想像して、土方はぞっとした。一度考え出すと止まらなくて、頭の中がぼんやりしてくる。蔵の中は締め切られていて空気が薄く、息苦しい。

「土方さん、ライター貸していただけませんか?」
「あぁ」

 ぼんやりした頭で言われるがまま、胸ポケットからマヨネーズ型のライターを取り出してに手渡す。はどこから探し出してきたのか、ろうそくを持ってきてそれに火をつけると、石造りの床にそれを立てた。いつの間にか蔵の中はすっかり暗くなっていて、小さなろうそくの火が灯っただけで眩しく感じるほどだった。
 
「座りませんか?」

 は長持の上の埃を払い、そこに手拭いを敷いて腰を下ろしていた。火のオレンジ色に照らされたの微笑み。
 隣に腰を下ろした土方の肩に、はそっと頭を持たせ掛けてきた。

「なんだか今日は、踏んだり蹴ったりです」
「そうだな」

 土方は胸ポケットから煙草を取り出したけれど、箱の中にはもう最後の一本しか残っていなかったので、もったいなくてそのままポケットに戻した。

 足元のろうそくの火を見つめていると少し気分が落ち着いてくるような気がしたけれど、そのろうそくは土方が浪士に拷問する時に使ったものの残りだということに気がついて息が止まりそうになる。

「どうかしました?」
「……いや、別に」

 どうやらはろうそくの正体には気づいていないらしく、土方はこっそりほっとした。

「探し物、見つけてやれなくて悪かったな」
「いいえ、そんな。私がちゃんと管理してなかったのが悪いんです。すいませんでした、巻き込んでしまって」

 土方は肩に軽く乗っかっているの頭を横目で見下ろしながら、空いた両腕をどうしたらいいか、そのやり場を考えていた。

「なんだか、箱の方が見つかってほしくないと思ってるみたいですね」
「はぁ?」
「だって、こんなに探しても見つからないんですよ。間違いなくここにしまったのに」
「冗談だろ。生き物でもあるまいし……」
「あら、生きているのかもしれませんよ。こう、箱の四隅から足がにょきにょき生えてて……」

 のいう、箱型の生き物を想像して、土方は肩を震わせた。何か、特別な進化を遂げた気持ちの悪い節足動物のように思えたのだ。

「気味が悪いですか?」

 が笑い混じりに言うので、照れ隠しに肩での頭を押し上げてみる。

「からかうんじゃねぇよ」
「ふふ、ごめんなさい」

 はふふふと笑いながら、土方の肩に頬をすり寄せた。隊服越しに触れるの肌の温かさが心地良かった。仄暗くじっとりと湿った蔵の中、それだけが確かだった。

 ろうそくの灯りの届かない天井はそのまま夜の闇に続いているかのように見えるほど暗く、長持とダンボールがところ狭しと詰め込まれている蔵そのものが、ひとつの大きな箱のようにも思えてくる。一体いつになったら助けが来るか皆目見当もつかないが、仄暗い箱の中にとふたりで閉じ込められるというのも、なかなか悪くないことのように思えてきた。
 近頃はお互いなにかと忙しくて、ふたりで過ごす時間もなかなか取れなかったし、仕事以外の話をする時間もほとんどなかった。こんな箱の中に閉じ込められてしまっては何もできることはない。ただじっと、とふたりここにいるということを味わうことだけ。
 土方はの体に腕を回して抱き寄せようとしたけれど、隊服に付着していた埃にむせた。耳元でが笑い混じりに言う。

「大丈夫ですか?」
「風呂入りてぇ……」

 ざらつく声で答えると、は笑いながら土方の髪を撫でてくれた。

「そうですね。ここを出たらすぐに用意しましょうね」
「一緒に入るか」
「屯所じゃ無理ですよ」
「じゃぁ久しぶりに外にでも出るか」
「それもいいですね」

 時間が止まってしまえばいいと思った。
 いつまでもこの箱の中でとふたり、ミイラになって白骨化するまで、いつまでもいつまでもいたかった。








20160621
thanks a lot! OTOGIUNION





この後、痺れを切らした土方が小さな窓の格子を蹴破って外に出たところに沖田とかが通りかかって無視されます。