「お誕生日、おめでとうございます」

 が差し出した小さな皿を見下ろして、土方は怪訝な顔をした。

「なんだこれ?」
「ガトーショコラです。よかったら召し上がってください」
「はぁ」
「一応、甘さ控えめにしたんですけれど」
「へぇ」
「すいません、何かちゃんとしたものを差し上げたかったんですけれど、土方さんが欲しいものってなんなんだろうって考えたらわけがわからなくなってしまって、せめて手作りさせていただいたんですが…」
「ふぅん」
「や、やっぱりいいです。すいません。出過ぎた真似をしました、下げます」
「いや、別に食わねぇって言ってねぇだろうが」

 土方は袖の下からマヨネーズを取り出すと、ガトーショコラをすっぽり覆うようにマヨネーズをかぶせてそこにフォークを突き刺した。は前髪の下でこっそり眉根を寄せたけれど、土方はそれに気づかなかった。

「土方さんって、子どもの頃からずっとマヨネーズが好きなんですか?」
「なんだよ、急に」
「いえ、ちょっと思ったものですから」
「よく覚えてねぇけどそうだったんじゃねぇかな」
「他に好き嫌いってあったんですか?」
「そーいうのは別になかった気ぃすっけど」
「どんなに嫌いなたべものでも、マヨネーズさえあれば食べられたってことですか?」
「……お前は俺をそんな薄情な奴だと思ってんのか?」
「いえいえ、そういうことではなく」

 土方はを睨みながら、大きなガトーショコラのかけらを口に放り込むと、長い時間をかけてもぐもぐと口を閉じた。

 は、土方に無言で責められているような気持ちになった。本当はもっと土方に喜んでもらえそうな素敵なプレゼントを用意したかったのに、日々の忙しさにかまけて後回しにしてしまい、結局急ごしらえのものしか用意できなかった。しかも、土方が甘いケーキを喜んで食べてくれるわけなんかないと分かっていたくせにいつもどおりマヨネーズをかけられたくらいで気分を害するなんてそれこそ虫のいい話だった。

 もっと、きちんと、お祝いをしたかったのに、うまくいかなかった。

 その時、土方が口火を切った。

「ガキの頃はな、その日食うもんにも困るようなひどい暮らしをしてた時もあったんだ」
「……そうなんですか」
「だから、好き嫌いなんて言ってる余裕なかったんだよ」
 
 そう言って、土方はもう一口ガトーショコラを食べた。ほとんどマヨネーズにガトーショコラのかけらがくっついているような割合だったけれど、ゆっくりと味わってくれているようにもには見えた。

「辛かったですか?」
「そりゃぁな。けど、腹空かせて行き倒れてたところを見ず知らずの人間に助けられて、ただで飯食わせてもらったこともある。一食の恩は返すって約束したんだけどな、結局二度と会えずじまいだったな」
「……そうだったんですか」
「お前は?」
「わたしですか?」
「ガキの頃のはなし。食えないもんとかあったのか?」
「いえ、わたしも貧乏暮らしでしたから、わがままは言えませんでしたよ。あぁ、でも……」
「なんだよ」
「えぇ、わたし、兄弟と派手な喧嘩して家出したことがあったんですけれど」
「へぇ、なかなかやるじゃねぇか」
「それで、それを食べると男の子に生まれ変われる実を探しに行こうとしたことがありますね」
「……どんなガキだったんだお前は」
「だって、なりたかったんですもの、男の子に。わたし、弱虫の泣き虫っていじめられてたんですよ」
「うそだろ? 想像つかねぇよ」
「まぁ、結局男の子になれる実は見つからなくて家に帰ったんですけどね」
「そりゃそうだろうな」

 は恥ずかしそうな顔をして笑った。

 土方は皿の上で半分になったガトーショコラを見下ろして、ほろ苦く甘いチョコレートがマヨネーズと混ざり合う感覚をじっくりと味わった。こんなにうまいものは初めて食べたと思った。はきっと、忙しい仕事の合間をぬってわざわざ手作りしてくれたのだろう。素直に「ありがとう」と言いたいのに、口を開こうとすると喉がぎゅっと締め付けられてうまく言葉が出てこない。まったく、情けないったらありゃしない。

「お前、これ味見とかしたのか?」
「え?いいえ」
「じゃぁせっかくだからお前も食えよ」
「えぇ!?いや、わたしは……、それに土方さんへのプレゼントですしそれ……」
「その俺が食えって言ってんだよ。ほら」
「え、あの、いや、ほんといやちょっと……っ!」





20160505