捨て犬がぼろ布にくるまっているのかと思った。
それはごみ捨て場のそばの電信柱の真下にあって、ゴミ収集車が回収しなかった不燃ゴミのようだったのだ。ゴミの回収が終わったので軽く掃除をしようと竹箒と塵取りを持ってきたわたしは、ぼろ布がもそりと動いたことに驚いて、そこから顔をのぞかせたのが人間のこどもだったことにますます驚いた。
「あなた、大丈夫? こんなところで何してるの?」
こどもはまだ夢から醒めきらないような目で私を見上げると、糸が切れたようにぐったりと倒れ込んでしまった。
こどもを背負って家まで連れて帰り、汚れた着物を脱がせて、体の泥を落とし、あちこち擦り剥いた腕と足を消毒して、おむすびとおみおつけの簡単な食事を出してやったら、こどもは脇目も振らずにかぶりついた。どのくらいぶりの食事だったのだろう、清々しいほどの食いっぷりで、見ているだけでわたしまでお腹いっぱいになってしまいそうだった。
「あなた、どこから来たの? どこの子?」
こどもは口におむすびを詰め込んだままもごもごと答えて、なんと言っているのかさっぱり聞き取れなかった。
こどもの体は手当てのされていない細かい傷だらけで、まだ新しい打ち身のような腫れにも湿布すらはられていなかった。着物は鉤裂きができていてそれを直したような跡もなく、おそらくこのこどもを庇護している大人はいないのだろうということが想像できて、わたしはむなしい気持ちになった。
たった一食、この子に恵んであげたところで一体何になるというのかしら。明日からのこの子の生活を保障してあげられるわけでもないのに。
こどもはおみおつけをごくごくと飲み干すと、ぶはーっと大きく息を吐いて手の甲でぐいと口元を拭った。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末様でした。お茶飲む?」
用意していた湯飲みに茶を注いでやると、こどもはぎこちなくそれを受け取って一口含んだ。あまり飲み慣れていないようで、表情はこわばっていた。一緒に大福をすすめたら、塩味のきいた甘いあんと粗茶の組み合わせに驚いたようだった。きらきらと瞳が輝く。
その輝きはわたしの目にはあんまり眩しくて、思わず目を細めた。
「おいしい?」
「こんなうまいもん食ったことねぇ」
「そう。それはよかった」
こどもの傍らには、使い古されて汚れた木刀が立てかけてある。こどもがぐったりと倒れ込んでも決して手放さなかったものだった。
「あなた、とても強そうね。何か腕に覚えはあるの?」
こどもは大福を口に頬張ったまま、口の周りに白い粉の跡を残したまま、得意げに笑った。
「あぁ、俺は侍だ。今はこんなガキだけど、いつか誰よりも強くなるんだ」
その笑顔が逞しかった。体中傷だらけで、わたしみたいな無力な女が簡単に背負えてしまうほど頼りなく、ひとりでは食い扶持も稼ぐこともできずにゴミ捨て場に転がっていたこのこどもが、どうしてこんなにも大きく見えるのか不思議だった。
わたしはこのこどものことを、きっと生涯忘れないだろう。なんの力も持たない非力な自分に絶望するたび、こどもの力強く眩しい笑顔を思い出すだろう。このこどもはわたしのたましいの一部になった。心からそう思った。
こどもは口に含んだ大福をお茶で喉に流し込むと、わたしの真正面に立って静かに礼をした。立派な侍の礼だった。
「飯をありがとう。一食の恩は必ず返す」
「いいのよ、気にしなくても」
「いや、だめだ。いつか必ず、恩は返す」
こどもはまっすぐな目でわたしを見つめ、頑として譲らなかった。
「それじゃ、次に会ったときに分かるように、あなたの名前を教えてくれる?」
こどもは少しだけ驚いて、悩んで、迷って、たじろいで、決意した。そして、全身で勇気を振り絞った。
「土方十四郎」
20160504