迷い子を拾った。路地裏の汚いポリバケツの影で。

 はじめはかくれんぼでもしているのかと思った。けれどそのこどもは鬼に見つかるまいとそわそわすることもなく、息を潜めて体を小さくするでもなく、長旅の途中で少し足を休ませるために道端で腰を下ろしただけというような風情をしていて、そんなことをしている場合ではなかったが保護することにした。つい数日前、十に満たない幼女の遺体がこの近くの河原で発見されたばかりだった。

「お前、どこから来た? どこのこどもだ?」

 こどもは大きな飴玉を口に頬張ったまま答えたけれど、ほとんどなんと言っているか聞き取れなかった。

 家族と喧嘩でもして、家出してきたのだろうと推察してみる。土と埃で薄汚れてはいるけれど、身なりは清潔な印象だった。破れた生地をつぎはぎした着物をみれば、それほど裕福な育ちではないのだろうけれど、縫い目は綺麗に揃っていて丁寧な仕事ぶりがうかがえた。きっと、家族にとても大切にされているこどもなのだ。

 そう思ったら、安心した。このこどもには帰るべき家がある。帰りを待つ家族もいるのだろう。それ以上の幸福があるだろうか。

 こどもは口の中で小さくなった飴玉をばりりと噛み砕くと、ひょいと立ち上がってぺこりと頭を下げた。

「もう行くわ。飴をありがとう」
「ちょっと待て。ひとりで帰れんのか?」
「道なら分かるわ」
「お前、家出してきたんじゃねぇのか? 本当に真っ直ぐ家に帰るんだろうな?」
「そんなに心配しなくてもちゃんと帰るわよ。家出はしてきたけど」
「ここらじゃ、お前みたいなガキを狙った怖い殺人鬼がうろついてんだよ。もう少ししたら送ってくから待ってろ」

 こどもは不思議そうな顔をしてこちらを見上げてきた。大きな瞳、まだ一度も傷ついたことのない肌はつきたての餅のようだった。

 どうしてこどもというものは、こんなにも屈託なく純粋で、恐れるということを知らないのだろう。

「わたしが、力のない女こどもだから?」
「はぁ?」
「みんな言うの。わたしは女だから、力がなくて弱いんだって。おまわりさんもそう思うの?」
「誰もんなこと言ってねーだろうが。一人歩きはあぶねーって言ってんだよ」
「でも、おまわりさんはひとりよ。危なくないの?」
「おれは大人で、男で、おまわりだからいーんだよ」
「……それじゃ、こどもで、女だから、わたしはだめなのね」

 途端に、こどもはしゅんとしてがっくりと肩を落としてしまった。何をどう考えたらそんな論理を展開できるのか理解できなくて、頭を抱えた。まったく、こどもの考えることは分からない。

「あのな。もしまた誰かにお前はだめな奴だなんて言われたら、笑ってやれ」

 こどもはきょとんとした顔をして首を傾げた。

「笑顔は、女の一番の武器なんだぜ。それなら、お前は誰にも負けねぇよ」

 こどもは少しだけ驚いて、悩んで、迷って、たじろいで、決意した。そして、全身で勇気を振り絞り、いーっと真っ白な歯をみせた。

「こう?」

 笑顔というにはあまりに乱暴で、まるで野生の獣が白い歯をみせて敵を威嚇するようだった。けれど、まだ愛想笑いを知らないこどもの精一杯の作り笑いは、磨き上げる前の宝石のように無骨で美しく、眩しかった。

 この笑顔を、きっと生涯忘れることはないだろう。なんの力も持たない非力な自分に絶望するたび、こどもの力強く眩しい笑顔を思い出すだろう。このこどもは自分のたましいの一部になった。心からそう思った。

「お前、名前はなんていう?」

 こどもははっきりと答えた。







20160503